緊張しているときや集中しているときに奥歯の噛みしめが強くなるという方は注意が必要です。無意識の食いしばりや、上下の歯をカチカチと接触させる癖は将来的に顎関節症などのトラブルを引き起こしてしまうかもしれません。
この記事では、無意識の歯ぎしりや食いしばりといった「ブラキシズム」の研究を行う昭和大学 歯学部 教授の馬場一美先生に、日中に起こる食いしばりの原因や、対処法について詳しく伺います。
この記事の目次
寝ているときだけでなく、起きているときにも食いしばりは起こる
そしてもう一つの症状としてはTCH(Teeth Contacting Habit:上下の歯を接触させる癖)が挙げられます。強い力を伴わなくても、弱い力であっても長い間歯の接触が続くことはよくないのです。
口を閉じるときに歯まで閉じるのは間違い!1日に上下の歯が触れ合う時間は平均20分
歯の接触を計った研究があって、上下の歯が接触する時間は1日あたり20分もないことがわかっています。
食べ物を咀嚼するときに歯が接触していると思うかもしれませんが、咀嚼というのは1秒サイクルで行われていて、その中でも歯が当たる時間は1サイクルで0.1秒もないでしょう。
一口の食べ物は30回くらいしか噛まないですし、歯の接触する時間はとても短いのです。それを1日あたりに換算するとだいたい20分くらいということです。
それが、変な癖がついてしまうと1日のうち2~3時間歯が接触し続けてしまうのです。そうすると当然のことながら為害作用が出てきます。
まずは、口を閉じているときに上下の歯まで接触させていることは正しくないことを伝えて、歯を接触させていることによって起きる為害作用について理解してもらうことが重要です。
顎関節症の患者さんの場合にはTCHが顎関節症のが原因となる可能性が非常に高いことを説明します。
ほかにも食いしばりやTCHがある方で、どれだけ調整しても入れ歯の痛みを感じる場合があります。こうした痛みは入れ歯を支えている粘膜が長時間押され続けた結果起こるので、「あなたは上下の歯を接触させる癖のせいで義歯が痛むんですよ」とお伝えしなければいけません。
「上下の歯を接触させてしまう癖」によって、自分自身が健康に対して良くないことをしているということを理解することが大切です。
ただ、こうした癖は無意識にしていることが多いので、自分ではなかなかわからないですよね。
なので「キッチンタイマー法」という方法を使って自覚を促します。例えば10分後にタイマーを鳴らして、タイマーが鳴ったときに歯が接触しているかどうか見てもらいます。そうすると、だいたいTCHのある人は上下の歯が接触しています。
昭和大学では患者さんに対して20分間隔でEメールを送り、メールを見たときに歯が接触しているかどうかというのを報告してもらう、という研究を行っています。それでわかったのは、顎関節症の人は顎関節症ではない人の3倍、歯が接触しているということです。
日中の食いしばりの改善方法
自分に上下の歯を接触させる癖があることを理解し、行っていることに気づいたら、その次にどうするかというと、競合反応といって「歯を接触させないような運動」をするようにします。
まず有用なのは深呼吸です。歯を噛みしめたままでは深呼吸はできませんよね。歯の接触に気づいたら深呼吸をするというサイクルを繰り返します。そうすることによってTCHについて気付くようになり、やがて頻度も減ってきます。
認知行動療法の一つですが、こういった方法を取り入れることで覚醒時ブラキシズム(無意識の食いしばりや上下の歯を接触させる癖)を治していきます。
こうした「力を制御すること」を「フォースコントロール」といいますが、口の健康を維持するには「プラークコントロール(歯垢の除去・予防)」だけでなく「フォースコントロール(力の制御)」も大切です。いくら歯を磨いても、力を制御できないとセラミックが割れたり歯が折れたりと重篤な問題になるため、二本立ての対策が必要とされます。
噛み合わせと歯ぎしり・食いしばりの関係
咬頭干渉や早期接触といわれる、部分的な噛み合わせの異常があると、食事のときに不快です。咀嚼がうまくできなかったり異常のある歯に痛みが出たりすることもあるので、こうした異常は歯科医師が調整します。それでも中には、調整後もどこかに異常があると思ってしまう患者さんがいらっしゃいます。
歯には歯根膜といってクッションが付いていて、そこには圧センサーが付いています。その歯根膜というのが、ものすごく感度が高いため、ちょっとした噛み合わせの違いをチェックできるのです。
歯科で調整をしてもらったのに、それ以上に噛み合わせを気にしすぎると、今度はTCH(上下の歯を接触させる癖)が常習化してしまいます。TCHが常習化すると顎関節症などのトラブルが出てきてしまいます。
噛み合わせが直接的な要因で顎関節症になるのではなく、噛み合わせを意識しすぎるがゆえ、常に噛み合わせを確認するためにTCHが生じていることによって顎関節症になることが非常に多いのです。
噛み合わせというのは多くの患者さんが思っているほど安定していないものです。ぐっと強く噛んだ時の噛み合わせと、軽く噛んだ時のかみ合わせは違ってきます。あるいは右でぐっと噛んだ時と左でぐっと噛んだ時は噛み合わせの感じは異なります。
噛み方によっても、あごの動き方によっても変わってくるものです。例えば噛む食べ物が違えば、あごの動きも違ってくるし、当然噛む力も変わってきます。
もちろん歯科医師はできる限り全ての歯が同時に接触して、咀嚼するときに噛み合わせが邪魔にならないように調整します。
標準的な噛み合わせの検査、調整の方法は決められており、基本的には20-30μmのレベルで行われます。ところが患者さんがそれ以上のことを求めて「ここが高い、低い」と気になりだすと、常に噛み合わせのことを考えるようになり、噛み合わせを確かめるために歯を接触させる頻度が高くなるのです。
基本的には1日の90%以上の時間、上下の歯は接触していないですし、歯と歯が接触していなければその時に噛み合わせを気にすることもありません。気にしすぎてずっと歯を接触させていると、歯根膜が押しつけられて貧血になり、感覚がさらに鋭敏になります。そうすると普段よりももっと軽微な差が気になるようになってしまいます。
噛み合わせに問題はないのに、意識しすぎてしまう方の場合は「あなたの噛み合わせは正常です」とお伝えして、あまり噛み合わせを気にしすぎないようお話ししています。
歯の教科書 編集部まとめ
「上下の歯は閉じていた方がいい」というご認識や、噛み合わせにかんする思い込みが食いしばりやTCHの原因になり、一日の中で上下の歯が触れ合う時間が長くなればなるほど顎関節症など、お口周りのトラブルの原因になります。
自分が歯を食いしばっていると気づいたときには深呼吸をする、軽く伸びる、ストレッチをするなど硬直した体をほぐして、奥歯の噛みしめをほどくようにしていきましょう。
1986年:東京医科歯科大学歯学部 卒業
1991年:東京医科歯科大学大学院 修了(歯学博士)
1991年:東京医科歯科大学歯学部附属病院 医員
1994年:東京医科歯科大学歯学部 助手(歯科補綴学第一講座)
1996-1997年:文部省在外研究員米国UCLA
2001年:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 助手
2002年:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 講師
2007年:昭和大学歯学部歯科補綴学講座 教授 (現職)
2013年:昭和大学歯科病院副院長
2019年: 同 病院長・昭和大学執行役員
日本補綴歯科学会 常任理事(副理事長)
日本歯学系学会協議会 常任理事
日本デジタル歯科学会・日本顎口腔機能学会・日本顎関節学会・国際補綴学会(ICP):理事
執筆者:
歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。