口腔細菌と全身疾患の関係から考える歯科医療の未来~歯周病と全身疾患との関連の展望~

口腔細菌と全身疾患の関係から考える歯科医療の未来~歯周病と全身疾患との関連の展望~

10月28日、一般社団法人 日本私立歯科大学協会が主催する「第16回 歯科プレスセミナー」に参加しました。

今回のセミナーでは、「歯科医師の現状〜高まるニーズと減少する歯科医師〜」「口腔細菌と全身疾患の関係から考える歯科医療の未来」という2つのテーマが取り上げられました。

本コラムでは、セミナーにおける、日本歯科大学生命歯学部 沼部幸博教授の基調講演「口腔細菌と全身疾患の関係から考える歯科医療の未来」に焦点を当て、日々の口腔ケア(歯周病ケア)がどのように全身の健康につながるのか、プレスセミナーの内容をわかりやすくまとめてお伝えします。

講師 : 日本歯科大学 生命歯学部教授 沼部 幸博 氏

この記事の目次

数字でみる歯のデータ

2024年の「令和6年歯科疾患実態調査」では、80~84歳の平均残存歯数が19.1本となり、令和4年の15.6本から大幅に増加しました。8020達成者(80歳になっても20本以上自分の歯を保っている人)も51.6%から61.5%へ伸びています。

一方で、歯が多く残るほど歯周病のリスクも高まります。実際、歯を失う原因の第1位は歯周病で、高齢者の半数(50.3%)に歯肉出血の症状があります。さらに、歯周病が進行した状態の指標となる「4㎜以上の歯周ポケット」を持つ人は年齢とともに割合が高くなり、日本の成人の約半数(47.8%)にのぼることも分かっています。

つまり、歯が残せる時代になった今こそ、歯だけでなく歯茎(歯周組織)を守る重要性が一段と高まっていると言えます。

図1 歯を失う原因
2018年11月「永久歯の抜歯原因調査報告書」(財)8020推進財団調べ

歯周病とは

歯周病とは、「歯周病菌に対する体の防御反応によって歯茎に炎症が起こり、腫れ・出血・痛みなどの症状が現れた状態のこと」を指します。その原因となるのは「デンタルプラーク(歯垢)」で、多種多様な細菌が集合してつくるバイオフィルムです。わずか1mgのプラークの中には、なんと1億〜2億個もの細菌が存在するといわれています。

プラークが歯肉溝(通常0.5〜2mm)に侵入すると、免疫細胞との攻防によって歯肉が炎症を起こし「歯肉炎」が発生します。この段階では適切なケアによって健康な状態に戻すことが可能です。しかし、炎症が長期間続くと、歯槽骨や歯根膜といった歯周組織が破壊され、「歯周炎」へと進行します。ここまで進むと完全に元に戻すことは難しく、重度の場合は歯が抜け落ちてしまうこともあります。

一般的な歯周炎患者の歯肉に生じている炎症面積を合計すると「手のひら大」に相当するとする報告もあり、もし手のひらにこれほどの大きな炎症が起きていれば誰もが受診するはずですが、歯茎内部の炎症は目に見えにくいため放置されがちです。

新・歯周病をなおそう(鴨井久一・沼部幸博 編著/砂書房, 2017)

お口の健康(主に歯周病)は全身の疾患と関係している

歯周医学(ペリオデンタルメディシン)という考え方

近年の研究では、歯周病は歯を失うだけでなく全身の健康にも影響することが明らかになってきました。

約20年前から「歯周医学(ペリオデンタルメディシン)」として提唱されており、近年はその関連性を示すエビデンスが急速に蓄積されています。それにより、歯周病は「お口の中の病気」ではなく「全身へ影響を及ぼす慢性炎症性疾患」であることが徐々に広まりつつあります。

では、歯周病はどのようにして全身に影響を与えるのでしょうか。大きく次の2つのルートが考えられています。

口 → 血管 → 全身へ広がるルート
口 → 胃 → 腸へ影響するルート

歯周病が進行すると、歯周病原菌や炎症によって生じる物質が血流に乗って全身に運ばれ、さまざまな臓器に負担をかけるとされています。

歯周病が引き起こす全身の疾患

歯周病は、なんと日本人の死亡原因トップ10のうち6つが歯周病と関連しているとされています。

令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概算)の概況

動脈硬化

歯茎の炎症(歯周病)が続くと、歯周病菌や炎症物質が血管に入り込み、血管の壁を傷つけます。体がその傷を修復しようと、コレステロールなどが溜まって「アテローム」ができ、血管が狭く硬くなって動脈硬化が進みます。

実際に、動脈にできたプラークの中から歯周病菌のDNAが見つかることもあり、歯周病が動脈硬化に関わる可能性が示されています。

新・歯周病をなおそう(鴨井久一・沼部幸博 編著/砂書房, 2017)

狭心症、心筋梗塞、脳梗塞

歯周病による炎症が続くと、体は血を固めやすい状態になり、必要のない場所でも血のかたまり(血栓)ができやすくなります。その結果、血管が詰まりやすくなり、心臓の血管なら狭心症・心筋梗塞、脳の血管なら脳梗塞につながります。調査では、歯周病の人は血栓によるトラブルのリスクが約3倍高いとも報告されています。

血栓ができる場所によって、起こる病気はさまざまです。

・心臓の血管が詰まると → 狭心症・心筋梗塞
・脳の血管が詰まると → 脳梗塞

そのほか全身の血管でもトラブルが起こり得ます。

早産、低体重児出産

歯周病の妊婦さんは早産や低体重児出産のリスクが高くなると報告されています。

歯周病の炎症が続くと、炎症物質や細菌由来の成分が血液中に増え、妊娠中の体はこの変化に敏感に反応します。とくにPGE2(生理活性物質の一種)という物質は子宮の収縮を早める作用を持っています。つまり、歯周病によって炎症物質が増えるほど、子宮が「早く産まなきゃ」と勘違いしてしまう可能性が高まるのです。

誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は、飲み物や食べ物、口の中の細菌を含む“汚れた唾液”が気管に入ってしまうことで起こる肺炎です。特に高齢者は嚥下機能が低下し、寝ている間にも唾液を誤嚥しやすくなるためリスクが高まります。実際、肺からは口の中の細菌が多く検出されており、プラークが多いほど発症しやすくなります。

専門的な口腔ケアを受けた高齢者では「肺炎の発症率が約44%減少した」という研究成果も報告されており、日々の口腔ケアがいかに重要かがわかります。

糖尿病

歯周病の炎症が続くと、炎症物質や細菌の毒素が血液を通じて全身に広がり、肝臓では糖を作りすぎ、筋肉や脂肪ではインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」を引き起こします。その結果、血糖値が上がりやすくなり、糖尿病が悪化しやすくなります。一方で、歯周治療をすると血糖値が改善することも分かっており、2型糖尿病ではHbA1cが約0.36%下がったという研究もあります。これは薬による改善に匹敵する効果で、歯周病治療は血糖コントロールにも役立つ大切なケアです。

歯周病の治療法

1.スケーリング・ルートプレーニング(SRP)

軽度の歯周病治療では、まず“原因をしっかり取り除くこと”が最も重要です。その中心となるのがスケーリング・ルートプレーニング(SRP)という治療です。SRPでは、超音波スケーラーなどの器具を使って、歯の表面や歯茎の中に付着した歯石、歯周病の原因となるプラーク(細菌のかたまり)を丁寧に除去していきます。

2.歯周外科手術

歯周病がかなり進んでいて、通常のSRP(スケーリング・ルートプレーニング)だけでは改善が難しい場合は、外科的な処置を行うことがあります。歯茎を開いて、目で見える状態で歯石や感染した組織をきちんと取り除くことで、より正確な治療が可能になります。この外科処置は、重度の歯周病から歯を守るために必要に応じて行われる専門的な治療です。

3.マイクロバイオーム標的療法

マイクロバイオーム標的療法とは、人間の健康と深く関わる「微生物叢(マイクロバイオーム)」を整える治療です。病気の予防や治療をめざす新しい医療のアプローチで、従来の薬物療法や外科治療に続く「第3の治療の柱」として注目されています。

マイクロバイオームを整える方法にはいくつか種類があります。良い菌を補う「プロバイオティクス」や、良い菌とそのエサを一緒にとる「シンバイオティクス」は、日常的に実践しやすい方法です。さらに、腸内細菌を移植する「FMT」や、悪い菌だけを減らす「選択的除菌」といった医療的アプローチもあります。最近では、遺伝子技術で特別な働きを持つ善玉菌をつくる「次世代プロバイオティクス」も注目されています。

さらに重要になる歯科医師の役目

口腔の健康は全身の健康と深く結びついており、特に高齢者では歯が多く残ることで新たなトラブルが起こりやすくなります。そのため歯科医師には、口の中だけでなく全身の状態を踏まえた診療がこれまで以上に求められ、命に直結する健康維持の一端を担う存在へと役割が広がっています。

今後は、医科・歯科に加えて介護や栄養なども含めた多職種連携による“包括的なケア”がより重要になります。実際、2024年の診療報酬改定では、医師が糖尿病患者に歯科受診を促す仕組みが導入されるなど、制度面でも連携が進んでいます。

こうした流れの中で、次世代の歯周病治療は、予防から治療までを医科・歯科が一体となって支え、さらに口腔と腸内という二つの細菌叢を整えるアプローチへと広がりつつあります。これらを組み合わせた総合的な戦略こそが、超高齢社会の日本で健康寿命を延ばす鍵になるでしょう。

【編集部より】歯周病にならないために大切なこと

歯周病を予防するために、まず欠かせないのは毎日の歯みがきです。正しい磨き方でプラーク(細菌のかたまり)をしっかり除去することが、歯茎の健康を守る基本になります。

さらに重要なのがフロス(歯間清掃)の習慣です。歯の汚れは、歯ブラシだけでは6割程度しか落とせないといわれており、残った汚れを効果的に取り除くにはフロスや歯間ブラシの利用、歯科医院で受ける専門的な口腔ケアや、定期的な歯科検診が重要です。

【編集部より】私たちにできること

今回のセミナーを通して、歯周病は口の中だけの問題ではなく、全身の健康にも深く関わる“こわい病気”であることがよく分かりました。歯科医師の役割も、虫歯治療や抜歯にとどまらず、全身の健康を支える重要な存在へと位置づけが変わってきています。

「歯茎が腫れてきたから診てもらおう」
「妊娠したから歯科検診に行こう」
「おばあちゃんのために歯医者を予約しよう」
そんな小さな一歩が、命を守る大きな力になります。

歯周病の危険性をより多くの方に知っていただくため、私たちはこれからもさまざまな形で情報発信を続けていきます。この記事が、皆さまの行動につながるきっかけになれば嬉しく思います。

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執筆者:歯の教科書 編集部

執筆者:歯の教科書 編集部

歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。

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