一昔前に比べ「虫歯=抜歯」という考えより、できる限り天然歯を大切にするという治療方針が広まっていますが、それでも患者さん本人のケア不足や、歯ぎしり・食いしばりといったブラキシズムで力が加わって歯が割れることで、やむを得ず「抜歯」が必要になる場合もあるでしょう。
この記事では昭和大学 歯学部 教授の馬場一美先生に、抜歯したところをそのままにしておくことで起こりうるトラブルと、欠損した歯を補う治療にはどのような方法があるか、詳しくお伺いしました。
抜歯を放置するとどんな問題が起きる?
歯の破折というのは、歯に大きな力がかかることで起きますが、それ以前に歯が神経を失っていると破折しやすくなります。
神経を失う原因で最も多いのはう蝕(虫歯)です。歯ぎしりや食いしばりといったブラキシズムが管理できていないと神経を失った歯に破折が起こりやすくなります。
抜歯後に起こりうる障害は、一次障害、二次障害、三次障害という三つの段階に分けられます。
歯が抜けてすぐに生じるのが一次障害です。前歯が抜けると見た目として気になるでしょう。そして奥歯が抜けると咀嚼しにくくなります。機能的には6番といって第一大臼歯がたった1本なくなるだけで咀嚼効率が50%に落ちてしまいます。ただし、こうした機能的な障害は短期的な問題で、そのうちだんだん慣れてきてしまいます。
次にそれを長期間放置していると、歯がないところに隣の歯が寄ってきて、歯並びが悪くなってしまいます。例えば6番目の歯がなくなればその奥の7番目の歯が前に倒れてきます。歯が斜めに倒れてくることで、今度は咬頭干渉を起こしてしまうことがあります。
また下顎の歯がなくなると同じ位置にある上顎の歯は下に降りてきます。上の歯が下に伸びてくるのです。その場合もあごを動かすたびに引っかかったり、咬頭干渉になってしまったりするでしょう。
それが繰り返されていくと噛み合わせ自体が悪くなってしまいます。1本の歯を抜いたことによって咀嚼効率が50%に落ちても、慣れてしまえば70~80%くらいまで戻りますが、欠損が増えて残った歯の本数が少なくなると本当に食べられなくなってしまいます。
そうなってしまうとインプラントやブリッジを入れようとしても、歯がなくなった部分にほかの歯が倒れてきたり伸びてきたりしているため、インプラントやブリッジを入れるスペースがなくなってしまいます。
また歯の本数が減ってくると、今度は上下のあごの間隔が近くなってきてしまいます。例えば前歯の噛み合わせだけが残って他の歯が抜けてしまうと、下の歯が上の歯を突き上げて、上の歯は斜めになってきます。その結果、下あごが上あごに近づいてしまうのです。すると上顎と下顎の関係(間隔)を元通りにするように、全体の治療をやり直さないといけなくなります。
こうした治療は歯科医師にとってとても難しい処置です。もちろん、治療が大掛かりになってしまうため患者さんにとっても大変です。
抜歯を放置すると将来的に認知症になるというリスクも
また高齢者になってくると、歯の欠損の放置によって認知症の発症率が高くなる、認知機能の低下の原因になるということもいわれています。
「健康長寿」のためには考えられて、動けるということが大切です。そして歯の欠損は、その両方に関連しているということがわかっていて、例えば「歯の欠損を放置しないで義歯を入れることによって認知症のリスクが下がる」という研究結果もあります。
抜歯をした部分を放置しておくということは、短期的には機能的あるいは審美的な問題の原因となり、次にそれを放っておくとだんだんと噛み合わせが悪くなり、治療が大変になります。またそれとともに咀嚼ができなくなり、栄養摂取状態も悪くなります。それをさらに放っておくと、今度は老後の認知機能の問題、オーラルフレイルの問題の原因になります。
抜歯後の治療方法は歯の本数によって変わる
少数歯の場合、例えば1本歯がなくなったのであれば、ベーシックな治療法はブリッジです。これは保険でも対応可能な治療で、保険適用の場合、奥歯は銀歯に、前歯であれば白くできます。
ブリッジは隣り合わせる歯を桂剥きのように削って、橋を架けるようにかぶせ物をする方法です。固定されるため、取り外してケアを行う手間がなく、患者さんの管理も比較的楽でしょう。この治療のデメリットは前後の歯を削らないといけないことです。やはり健康な歯は極力削りたくないでしょう。
実は「無治療」という選択肢もあり、例えば一番後ろの歯が1本欠損した場合は無治療という場合があります。
それぞれのメリットとデメリットを挙げると、普通の入れ歯は、保険適用で作ることができてコストが抑えられ、メンテナンスもとても簡単です。一方で、あごの骨が吸収されて入れ歯が安定しないこともあり、そういった場合には、うまく食べられないというつらさがあると思います。
固定性のインプラントはしっかりと食べられますが、コストがかかり、手術も必要で、数多くのインプラントを用いている場合には将来的なメンテナンスに不安があります。
可撤性のインプラントオーバーデンチャーは、インプラントの本数を少なくすることで手術の侵襲性も低くなり、コストも下げられ、それでいて普通の入れ歯より安定して機能します。このインプラントオーバーデンチャーという方法は、欧米諸国では普及していますが、日本ではまだ普及率が低いのが現状です。
ご高齢の方に多数の固定性のインプラントを入れるということは多くありません。なぜかというと、もしもその人が認知症になったときに、ご自分で歯を磨けなくなるリスクがあるからです。固定性のインプラントは、介護の人では磨きづらいという問題があります。
そういった意味では入れ歯の方が外に出して磨ける分、管理はしやすいのですが、固定性のインプラントにこだわる方も多くいらっしゃいます。それはなぜかというと、入れ歯は条件によってはあまりよく食べられないからです。
例えば下の歯が全部ない場合であごの骨がやせ細っていると、下の入れ歯は、安定せずカパカパと遊んでしまいます。そのためインプラントを希望する方が多くいらっしゃるのです。
インプラントを下顎の前方の部分に2本だけ植え、そこにアタッチメントをつけてぱちんと固定できるようにする方法で、この方法であれば入れ歯も安定するようになります。
お若い方であれば固定性のインプラントがいいと思いますが、ご高齢になり手が不自由になったり認知症になったりと、口腔内の衛生管理が難しくなった場合には固定性のインプラントからインプラントオーバーデンチャーに変更することも可能です。
歯の教科書 編集部まとめ
この記事では昭和大学 歯学部 馬場一美教授に抜歯を放置するリスクと、歯の欠損を補う治療について詳しくお伺いしました。
昔の虫歯が再発する、長年の歯ぎしりで歯が欠けたりすり減ったりしてしまうなど、年齢を重ねるごとにお口周りのトラブルには一層気をつけなくてはいけませんが、セルフケアが十分でなかったり、食いしばりがひどく歯が割れてしまったりということが起こると、やむを得ず抜歯をすることもあるかもしれません。
歯の欠損を放置すると、咀嚼効率が下がり栄養を十分に摂取できなくなる、将来的に治療が大変になるなどさまざまなトラブルを招くため、まずは歯医者さんで要望を伝え、ご自身にぴったりの治療方法を見つけましょう。
1986年:東京医科歯科大学歯学部 卒業
1991年:東京医科歯科大学大学院 修了(歯学博士)
1991年:東京医科歯科大学歯学部附属病院 医員
1994年:東京医科歯科大学歯学部 助手(歯科補綴学第一講座)
1996-1997年:文部省在外研究員米国UCLA
2001年:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 助手
2002年:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 講師
2007年:昭和大学歯学部歯科補綴学講座 教授 (現職)
2013年:昭和大学歯科病院副院長
2019年: 同 病院長・昭和大学執行役員
日本補綴歯科学会 常任理事(副理事長)
日本歯学系学会協議会 常任理事
日本デジタル歯科学会・日本顎口腔機能学会・日本顎関節学会・国際補綴学会(ICP):理事
執筆者:
歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。