【教授に聞く】歯科疾患は生活習慣病とも密接に関係|WHOも口腔ケアを推奨

2021年8月、依然として「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」は世界的に関心が高いトピックスの一つです。

しかし、私たちの健康を脅かすのは新型コロナウイルス感染症だけではありません。WHOでは重要な保健課題について、年1回開催される保健総会で議論しています。2021年5月末のWHO保健総会では、「口腔の健康にかんする決議」が採択されました。

この記事ではWHOの保健総会で具体的にどのようなことが取り上げられたのか、私たちの生活にどのように関係があるのかを、東京医科歯科大学 大学院 医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 相田潤(あいだ じゅん)教授に解説していただきます。

この記事の目次

虫歯・歯周病の有病率は国際的な課題

歯の教科書 編集部
今年のWHO保健総会で採択された「口腔保健にかんする決議」について解説をお願いします
相田潤教授

2021年5月24日から6月1日にWHOの第74回保健総会があり、5月27日に「口腔の健康にかんする決議」の採択が行われました。

まずなぜこのような採択が行われたかというと、虫歯や歯周病といった歯科疾患の有病率が他の疾患に比べるととくに高いからです。有病率が高いということは、誰もがなる可能性がある病気であるということです。

そのため人々の合計した歯科の医療費は、がんや循環器疾患、糖尿病やメンタルヘルスといった非感染性疾患と同じくらい、高いのではないかということも国内外でいわれています。一人あたりの歯科治療の費用は、他の疾患よりも安いことが多いですが、多くの人が罹患するため、合計すると高くなるのです。

子どもの医療費で風邪の次に多いのは歯科疾患

歯の教科書 編集部
日本の子どもの虫歯はどんどん減っていると聞いたことがあります
相田潤教授

日本では「子どもの虫歯が減った」といわれていますが、いまだに学校保健統計では歯科疾患はまだ多く、子どもの医療費では風邪に次いで歯科疾患、歯の病気が多いということがわかっています。

また虐待やネグレクトを受けている可能性のあるお子さんはお口のケアがされておらず、歯科疾患が多い傾向にあります。

日本の小児歯科学会でも、虐待を歯科医院で見つけるということをガイドラインに設けていて、お口の状態で虐待の可能性がある場合、必要な通報をするということなどが定められています。

今回のWHOの決議でも「歯科疾患で子どもの虐待、ネグレクトがわかることがあるため、歯科関係者がその発見に貢献していく」ということも述べられました。

歯の教科書 編集部
お口の中に虫歯が多いとか、口腔内の環境から生活背景がわかるということもあるのですね
相田潤教授

「高齢者で歯がたくさんある人が増えた」ということもよくいわれますが、そのことは一方で、高齢者において虫歯や歯周病を持つ人を増やしています。

そして歯を失う人が減ったとはいえ、実際に80歳で20本以上の歯がある人は全体の約半分です。40%以上の方は、20本歯を持っていないという状態です。このような状況は日本に限りません。高齢化が進む国においては、歯をあまり持っていない人の人数(割合ではなく)が多いということが指摘されています。

歯の教科書 編集部
歯を残すだけでなく、残った歯のケアをしっかりと行うことも大切なのですね
相田潤教授
そのほかにも口腔の健康はほかの非感染性疾患、いわゆる生活習慣病と関連しており、さらに共通のリスク要因をもっているということもいわれています。

例えばタバコは歯周病の原因にもなりますし、循環器疾患やがんの原因にもなります。このように非感染性疾患と共通のリスク要因がたくさんあるため、それらを一緒に対策をしていこうということもまとめられました。そして口腔の健康が他の疾患に影響を及ぼす可能性も指摘されています。

歯科疾患の多くは予防可能であるが多い、という認識が大切

歯の教科書 編集部
今回のWHOの決議は、私たちの生活にはどのようにかかわるのでしょうか
相田潤教授

WHOの決議では「歯科疾患の多くは予防可能である」ということもいわれています。WHOとしては各国に対し公衆衛生の対策として、歯科疾患の予防をすることの重要性を訴えています。

私たち生活者一人ひとりとしては、歯磨きをする、歯磨き粉や洗口剤を使う、歯科に受診するといった日ごろの習慣で口腔疾患を予防していくということが大切です。

そして歯科疾患は有病率が高い、つまり誰でもなる病気ということを意識することも大切です。例えば小さいお子さんで、今虫歯がなくても年齢が上がると多くの人が罹患するというのはデータとしてわかっていることなので、油断はできません。誰もが罹患する可能性があり、さらに健康格差もありますから、個人の意識、自己責任、というだけでなく、政策的に社会としての対策も重要になります。

歯の教科書 編集部
正しい知識をもって歯科疾患を予防していくことに加え、社会としての対策が重要なのですね
相田潤教授
お子さんが大きくなると、手を放して歯磨き(仕上げ磨き)をしなくなると思いますが、そうすると磨ききれないところはでてきます。あと新しく生えてきた歯に歯ブラシが届いていないといったこともあるでしょう。

WHOでもライフコース(年齢や生活段階)を通した対策・予防をしていきましょうと述べられていますが、まさにその「ライフコースを通じた対策が、必ずしもどの国でもできていると限らない」ということも課題です。

日本では1歳半と3歳の検診と、小中学校での歯科検診がありますが、高校での歯科検診の有無は学校によりけりだと思います。

また最近「子どもの虫歯が減った」ということで、学校での歯みがきなどの対策や歯科保健教育もすべての学校で行っているわけではありません。大きな効果の示されている学校でのフッ化物洗口も一部の地域でしか実施されていません。

中学校卒業以降は基本的には「自己責任」ということになるので、口腔内の健康、予防ケアを自分でもしっかりと意識することが大切ですし、それをサポートする保健医療の仕組みも大事だと思います。

歯の教科書 編集部まとめ

WHOの保険総会で取り上げられた「口腔保健」にかんする採択について東京医科歯科大学 大学院 医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 相田潤(あいだ じゅん)教授に解説していただきました。

歯科疾患は誰でもなりうる病気であると同時に、一人ひとりの意識で予防できるものです。一方で、予防が有用とわかっていても、さまざまな事情から理想の予防ケアができないという人がいることも確かです。

個人の努力はもちろん、教育現場や行政による「子どものうちから歯科疾患に感染させない仕組みづくり」を期待したいです。

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
相田潤教授監修
経歴・プロフィール

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 教授

【略歴】
2007年4月 東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野 助教
2010年4月 University College London Visiting Researcher
2011年11月 東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野 准教授
2012年10月 宮城県 保健福祉部 参与(歯科医療保健政策担当 )(兼務)
2014年10月 東北大学大学院歯学研究科 臨床疫学統計支援室 室長(兼務)
2018年4月 東北メディカル・メガバンク機構 地域医療支援部門 准教授(兼務)
2020年8月 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 教授

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執筆者:歯の教科書 編集部

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