【教授に聞く】災害と口腔ケア!誤嚥性肺炎を防ぐため避難所にデンタルケア用品の備蓄を

【教授に聞く】災害と口腔ケア!誤嚥性肺炎を防ぐため避難所にデンタルケア用品の備蓄を


日本ではここ数年、台風や豪雨による被害が相次いでいますが、避難所では普段とは違う生活を余儀なくされる中で、肺炎の増加などが報告されています。

この記事では、東京医科歯科大学 大学院 医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 相田潤(あいだ じゅん)教授に「災害と口腔ケア」について詳しく伺いました。

この記事の目次

歯磨きをしないと肺炎になる?口腔ケアと歯磨きの意外な関連性

歯の教科書 編集部
歯の教科書 編集部
口腔ケアと肺炎は、どのような関連性があるのでしょうか?
相田潤教授
相田潤教授

口の中には様々な細菌やウイルスがいて、歯磨きをしないとその分だけ汚れは溜まっていきます。なぜ汚れがつくかというと、「細菌が増えるから」です。口の中には常にたくさんの細菌がいて、その中の一部が虫歯や歯周病を引き起こすということが知られています。

今から10年以上前の研究ですが「病院に入院している患者さんの口の中をケアしてきれいにしたら発熱や肺炎が減ったのではないか」という研究結果が出され、その頃から「口の中にいる細菌が気管を通って肺に入り込んで、誤嚥性肺炎を引き起こす」ということが大きく注目されるようになってきました。

歯の教科書 編集部
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誤嚥性肺炎とはどのような病気ですか?
相田潤教授
相田潤教授

口の中の細菌が原因で起こる肺炎、これが「誤嚥性肺炎」です。今の日本は高齢化が進んでいて、免疫力の弱い高齢者の方が多いので、また、むせることで異物を気管から追い出す機能が弱い方も多いので、誤嚥性肺炎で亡くなる方が増えていると言われています。

先の研究では「口の中の細菌が、虫歯や歯周病を引き起こすだけではなく、気管を通って肺の中に入り、肺の中で増えて肺炎が起こる」といったことがあるとわかってきました。逆に言うと、口の中をケアすることで、病院や施設の入院患者さんや入居高齢者の方の肺炎が減るということも明らかになったのです。

避難所では誤嚥性肺炎が増える?災害時もできる限り歯磨きを!

歯の教科書 編集部
歯の教科書 編集部
災害時の避難所で肺炎が増えたことが報告されていると聞いたのですが、これもやはり口腔ケアと関連があるのでしょうか?
相田潤教授
相田潤教授

そうですね。避難所での肺炎の増加は「阪神淡路大震災」のときには、すでに言われていましたが、「東日本大震災」のときに非常に急激な肺炎の増加を示すような論文が出されました。

誤嚥性肺炎は、もともとは入院患者さんや施設に入居している高齢者の方など、免疫がかなり落ちた方の問題と考えられていました。

ところが、要介護認定を受けていない、家で暮らしている高齢者の方であっても「入れ歯の清掃を毎日していないと肺炎が増える」という論文が出され、要介護認定を受けていない方であっても、口の中の細菌で肺炎になってしまうというリスクが増すということが報告されました。

そのことからも、台風などの災害時の避難所で、普段と同じような生活ができず、十分に口腔のケアができないとお口の中の細菌により肺炎が増えるということは、理屈として説明がつく上に、データとしても実際増えているというのが明らかになったのです。

避難所での口腔ケアは二の次になりがちですが、非常に大事な問題だと考えています。

歯の教科書 編集部
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避難所には高齢者だけではなく、子供や働き世代もいますが、年齢に関係なく誤嚥性肺炎のリスクはあるのでしょうか?
相田潤教授
相田潤教授

もちろん、どの年齢の方であっても口の中が汚いことで、細菌が気管を通って肺に入り込むということは、若い人ですらありうるでしょう。

寝ている間に口の中の唾を誤嚥してしまうということは、若い人でも発生していると言われています。起きている時ですと、むせることで吐き出し、防御することもできますが、寝ている間にも、微量の唾液が流れて入り込むことがあります。

そのため、歯磨きなどの口腔ケアができない環境で、お口の中が非常に汚れている場合だと、菌が肺に入り込んでしまうということがあるようです。その状況で何日も避難生活が続いてストレスが増え、栄養状態も必ずしもいいというわけではない、場合によっては寒かったりするという環境では、免疫力の落ちた高齢者では肺炎が増えるでしょう。若い人であっても、肺炎まではいかなくても、熱や風邪のような症状が増えるかもしれません。

防災グッズには「口腔ケア用品」も忘れずに!

歯の教科書 編集部
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避難所における肺炎を増やさないためには、どのようなことが課題になるのでしょうか?
相田潤教授
相田潤教授

皆さんご家庭でも、災害がと来た時の準備として、歯ブラシや口腔ケアの用品を備蓄しておくことは忘れがちになってしまうと思います。まずは水と食料と、トイレが止まったらどうするのかといったことのほうが当然気になるかと思いますが、口腔ケアの用品は小さいものですから、忘れずに、防災グッズとして入れておいていただけたらと思います。

もちろんお水がなかったりすると普通の歯ブラシだけでは使えないこともあると思うので、液体の洗口液や、ウエットティッシュのように拭くようなタイプのものを歯ブラシと一緒に備蓄しておくとよいでしょう。

私は東日本大震災の後に東北大学に在籍していたのですが、寄付していただいた歯ブラシを避難所に持っていく方法はしばしば歯科医師会などで議論になっていました。口腔ケア用品は水や食料といった物資の輸送ルートに乗っていなくて、歯科医師会や大学に持ちこまれた寄付は、歯科医師会に所属している町の歯医者さんが運搬する場合もあったのです。

災害の直後は水や食料の優先順位が当然高く、輸送する自衛隊のトラックに、歯ブラシを載せることは難しいでしょう。水ほどの緊急性はないからこそ、歯ブラシが届くのは遅くなってしまいますが、当然その間にもお口の毎日汚れは溜まっていきます。水や食料よりも備蓄がききますから、口腔ケアの用品を避難所に日ごろから備蓄しておくことが大切でしょう。

東日本大震災の後には避難所に伺って、歯磨きをさせていただく機会もありました。ただでさえ避難されている方は肉体的にもつらいですし、場合によってはご家族を亡くされていて、精神的にもかなり落ち込んでいる方も大勢いらっしゃいました。

お口の中はそのままにしていると気持ち悪くなるものの、何日もするとそれに慣れてきてしまうと思います。ですが、そのようなときに歯磨きをしてうがいをすると本当にさっぱりするようです。ある避難されていた方に、たった1回の歯磨きで、今までにないくらい大きく感謝していただいたことは、今でも忘れられません。

大変な状況では、口腔ケアは後回しになってしまいますが、やはり私たちの口腔は、食べることにも話すことにも普段からたくさん使っていますし、敏感な感覚をそなえています。それが正常な状態ではないというのは、精神的にもあまりよくないものだと思います。だからこそ、口腔ケア用品は避難所で備蓄して、避難所の職員の方に負担がかからないよう避難の最初の夜からだれでも段ボールから自由に持ち出せて使える環境が実現できればと思います。

歯の教科書 編集部
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お口の環境を普段から気にしてよくしておくことは、誤嚥性肺炎以外にも感染症を防ぐことにつながるのでしょうか?
相田潤教授
相田潤教授

口は清潔にしておくに越したことはないと思います。インフルエンザなどの感染症でも、ちゃんと口腔のケアをしておいたほうが、罹患(りかん)率が低いことを示唆する報告もあります。

最近出た論文では、殺菌作用のある洗口液でうがいをしてから歯科治療をすると、口の中からウイルスなどが飛び散る量が減るということも言われているので「ウイルスを除去するうがいを行うことで、感染症の伝播を減らせるのではないか」という意見は国際的にもあります。

ただもちろん、鼻の奥の方から吸い込んで感染ということもあるでしょうから、口の中のケアだけでは防ぎきれないということも覚えておいていただけたらと思います。

歯の教科書 編集部まとめ

この記事では東京医科歯科大学 相田潤教授に、口の中の細菌が引き起こす誤嚥性肺炎について、災害時の口腔ケアについてのお話を詳しくお伺いしました。

歯磨きは汚れを落としてお口の中をスッキリとさせるだけでなく、気分転換にもなり、誤嚥性肺炎の予防にも有用です。

いざという時のために、防災グッズの中に家族の人数分の歯ブラシを備えておきましょう。

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科
相田潤教授監修
経歴・プロフィール

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 教授

【略歴】
2007年4月 東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野 助教
2010年4月 University College London Visiting Researcher
2011年11月 東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野 准教授
2012年10月 宮城県 保健福祉部 参与(歯科医療保健政策担当 )(兼務)
2014年10月 東北大学大学院歯学研究科 臨床疫学統計支援室 室長(兼務)
2018年4月 東北メディカル・メガバンク機構 地域医療支援部門 准教授(兼務)
2020年8月 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 教授

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執筆者:歯の教科書 編集部

執筆者:歯の教科書 編集部

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