テレワークという環境で、歯の噛みしめ(食いしばり)による口内トラブルが急増しているのをご存知でしょうか? ほとんど会話をすることなく、集中してテレビやパソコンの前にいることで、知らずに強く噛みしめてしまっている方が増えているようです。
こうした噛みしめが引き起こす口内トラブルについて、愛知学院大学・冨士谷盛興教授に解説していただきます。また、噛みしめを防止するためにはどうしたらいいのかも回答していただきました。
この記事の目次
頰や舌に異変!?食いしばりが引き起こすトラブル
ここ数カ月、急増している症例があるそうですが、どういった症状なのでしょうか?
急にテレワーク、とくに在宅になったことで、歯の食いしばりによるトラブルが増えているようです。
まず、頬の内側の粘膜に一筋の白い線と上下の歯型の跡が入ってしまう頬圧痕(きょうあっこん)や、舌の先や縁に“なみなみ”の形で下の歯型の跡が付いてしまう舌圧痕(ぜつあっこん)など、これらを何か悪い病気だと思って来院される方が多いです。
きっと在宅で、お口の中を鏡で見る機会が増えて急に気付かれるんでしょうね。いずれも歯の食いしばりによって引き起こされているんですね。頬圧痕でしたら、歯を食いしばっているときに、頬の肉がすぼんで、噛みしめた上下の歯の間の隙間に粘膜が吸い込まれるような形でずっといるため起きてしまいます。
舌圧痕は、食いしばった歯に舌を長時間強く押し当てていることで起こります。それを鏡などで発見した際に「ベロの形が変わっている、なみなみになった」と、慌てて相談に来る方がいらっしゃいますね。
歯の食いしばりがテレワークで増えてしまったのはなぜなのでしょうか?
会話をすることなく、一人でパソコン作業をしていることが増えた…。集中・緊張状態にいて自分が歯を食いしばっていることに気が付きにくいんです。
放っておくとどうなってしまうのでしょうか?
頬圧痕は、薄い線状のうちは問題ないのですが、ヒダのように突出してくるとどんどん硬くなってしまいます。正常でしたら、元気で健康な頰の粘膜は、唾液によっていつも潤っていますし、ターンオーバーといいまして粘膜が新しく生まれ変わることができます。
しかし、歯の食いしばりという緊張状態、会話が減った状態では唾液の循環が悪くなり、口内活性が鈍くなってしまうんです。頬の粘膜は新しくならないのに、ずっと擦れているような状態になってしまう。すると、弦楽器をやっている人の指先が硬くなるように、粘膜も硬くなっていくんですね。
頰の粘膜が硬くなってしまうと、どんなトラブルを招くのでしょうか?
硬くなって、頬にできた白いヒダ(スジ)がどんどん飛び出してきますね。また、唾液の出も悪くなっていますから、口の動きがなめらかではない。そうすると、そのヒダとともに頰の粘膜を噛んでしまうことが増えるんです。
何回も何回も噛んでしまうことで、重度の口内炎ができてしまったり、場合によっては固くなった部分を切除しなければいけなかったりということが起きます。
こうならないためには「お口の中を潤しておく」「ゆっくりと食事を取る」「会話をする機会を増やす」ということが大切になってきます。要は、心身ともにリラックスですね。
「口が開かない」「痛くて噛めない」「歯が欠けた、割れた」多発する口内トラブル
食いしばりが引き起こすトラブルは、ほかにどのような症状がありますか?
「歯が痛くて痛くて、噛むことができない」という患者さんもいます。いつも噛みしめているため、歯を支えている歯周組織という歯肉や顎の骨、歯と骨を結合している歯根膜(じん帯のようなもの)の負担が大きくなってしまったんですね。
言葉は乱暴ですが、強すぎる食いしばりは歯やそれを支える歯周組織がいつも殴られているような状態と一緒です。弾力性のあった歯周組織の健康は失われ、血流も悪くなっています。健康な歯肉には見えるんですが、噛めないくらいの炎症がある状態になってしまうんです。これは咬合性外傷による歯周病のひとつとして数えられます。
また、食いしばりが長く続くと歯肉が退縮し、露出した歯の根の部分に冷たいものが触れると一過性にしみるといった知覚過敏になることもあります。先ほど言いました唾液の循環ですが、循環が悪くなると知覚過敏が助長されることがあります。食いしばりがひどくなると、口が開きづらい、顎が痛いといった顎関節症にもつながる危険性もあります。
食いしばりがこれほど危険だとは知りませんでした。
さらに、強い力で噛みしめ続け、歯ぎしりも加わると奥歯がすり減っていくんです。これには、歯が平らになる方と、凹凸が険しくなる方との2パターンいます。
奥歯が平らになってしまうと食べ物は噛み砕きにくいですが、歯は余程の力が加わらない限り割れることはありません。ところが、凹凸が険しくなると“くさびの作用”で、歯をぐっと噛んだときに割れてしまうことがあるんです。
このような原因で「歯が欠けてしまった、割れてしまった」という患者さんが増えているんです。
どう防止する!?テレワーク中の食いしばり
テレワーク中の歯の食いしばりを防止するには、どうしたらいいのでしょうか?
ウソみたいな話ですが「噛みしめるな!食いしばるな!」などと付箋に書いて、テレビやパソコンの縁など、いたるところに貼って、気付くようにするしかないですね。自己暗示をかけることによって、食いしばらないように意識することが大切なんです。
とくに、その付箋を見て食いしばりに気付いたときは、水を一口含む、立ってうがいをする、などアクションを必ず起こすことが大事です! そして、お口の中の唾液停滞を少しでも和らげることをすることが重要です。アクションを起こさないと、付箋をいろいろなところに貼っていても、それらがそのうち目に入らなくなり、風景化してしまいます。
実は、歯医者の私でも食いしばりの例に漏れず、パソコンとテレビの縁に付箋を貼っていますよ。でも、ときどき風景化してしまっています(笑)。
食いしばりによるお口の中の唾液の循環が悪くなると、どうなるのでしょうか?
唾液の出が悪いということがとても怖いんですよ。唾液は虫歯をはじめ歯周病、その他の病気から歯や歯肉、体を守ってくれていますからね。さらに、舌の上が汚れると口臭の原因にもなりますよね。
リラックスできる時間をとにかく意識してとるようにすることですね。テレワーク中の食いしばりが原因で来院されたと見られる患者さんには、家庭環境などストレスの原因をとにかく聞いて、患者さんの気持ちを和らげてもらえるようにしています。
こうすることで自分のストレスに気付き、その結果、食いしばりを少しでも防止し、唾液の循環が促されるような環境を整える方向に向かうようお話をしています。
ストレスから硬い食べ物を噛みたくなるのですが…。
スルメやナッツ類、固焼きせんべいを噛みたくなるという方は多いですよね。ですが食いしばりや歯ぎしりがひどく、奥歯が凹凸にすり減って、くさびの三角のような形になっている場合は危険です。強い力が一気に加わることで、割れてしまう可能性があります。
テレワークで口腔トラブルが増えているようですが、先生はこの環境をどう考えていますか?
テレワークが普段の生活の一部になれば、トラブルは少なくなってくると思いますよ。ですが、ここ数カ月で環境が激変しましたら、心と体が追い付いていないんだと考えます。
これまで満員電車や出勤といった精神的ストレスはあったんでしょうけれども、そうした環境には慣れていたわけですね。
この状況が好転するのはいつでしょうか? 残念ながら、出口が一向に見えない現状では、想定外の環境の激変から来るストレスを自覚し、噛みしめ・食いしばりをしている時間がなるべく少なくなるよう、ストレスとうまく付き合うよう自分なりの工夫をして、日々仕事をし、過ごすしかないですね。
自分なりのリラックスとは、趣味やジョギング、ウォーキングでもいいし、在宅ワーク時のスイッチのオン・オフにメリハリを付けるなど、ちょっと工夫をすればできることなので、この環境下に置かれた自分のライフスタイルにぴったり合った方法を見つけることです。
歯の教科書 編集部まとめ
テレワーク・ストレスによる口腔トラブル
●知らずに食いしばりを起こしている場合があります。
●強い食いしばりは、頬圧痕や舌圧痕を引き起こしてしまいます。
●会話が減り、唾液の循環が悪くなってしまいます。唾液が少なくなることは、虫歯や歯周病、知覚過敏のほか、口臭トラブルなどの原因になります。
食いしばりで歯が割れることも
●普段からの食いしばりや歯ぎしりで奥歯がすり減り、噛み合わせの面がくさびの三角の形のように険しくなっているときは、一気にぐっと噛みしめた反動で歯が欠けたり、割れてしまったりする危険性があります。
●ストレスから硬い食べ物を噛みたくなる方がいますが、強い力を一気にかけて噛み砕こうとすると、歯が割れてしまうことがあります。大きな硬い石を割るのに、ちょうどくさびを打ち込むのと同じような感じで歯が容易に割れてしまいます。
●硬い食べ物とは、固焼きせんべいとかケンピ、ナッツ類をまず想像しますが、フランスパンの耳、さきイカやエイヒレのように、噛み切るのに非常に力を要する食べ物も硬い食べ物です。このような一見柔らかそうな食べ物でも、噛み切る際にはくさび作用が発揮され、歯が割れてしまうことがあります。
テレワーク中の食いしばりを防止するには
●「噛みしめるな!食いしばるな!」と付箋などに書いて貼っておくことが大切です。食いしばらないよう意識できるようにしましょう。付箋に気付いたら、何かアクションをおこすことが大事です。
●自分なりのリラックスが大事です。唾液の循環も改善することができます。
歯が浮いた、冷たいものがしみるなどの症状が出た場合、通常では歯周病や虫歯、あるいは知覚過敏を疑っていろいろな診査・検査をします。しかし、現在のような特殊な環境では、ストレスが主な原因で、歯周病や虫歯でないのに歯が浮く、冷たいものがしみるようになる場合もあり、そういう患者さんが最近増えてきました。
痛みを緩和する、虫歯を埋めるなどの処置はもちろん大事ですが、一時しのぎの対応だけではなく、それらの原因と症状を丁寧に説明し、ストレス緩和を含めた再発予防の指導を徹底するような歯科医院の受診をお奨めします。単に「よく磨いてくださいね」のような指導ではなく、原因と治療法について主治医とよく話し合い、お互いに納得した方法を選択できる“二人三脚の歯科医療”が望ましい環境ですね。
執筆者:
歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。