【教授に聞く】しっかり噛むことで認知症予防!口内環境が与える脳への影響

【教授に聞く】しっかり噛むことで認知症予防!口内環境が与える脳への影響

ご飯を食べるときなど何気なく行っている咀嚼ですが、脳に影響を与えているということをご存じですか? うまく噛むことができなくなると、認知症のリスクが高くなるといいます。

神奈川歯科大学・木本克彦教授にお話を伺い、咀嚼と脳機能の関係について解決していただきます。また、認知症を予防するためにはどうすればいいのかなども応えていただきます。

この記事の目次

咀嚼ができないと衰える脳機能

歯の教科書 編集部
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口腔機能が衰えたり、咀嚼能力が衰えたりすることで、脳の機能が低下していくというのは本当ですか?

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木本克彦教授

動物実験では証明されています。

認知機能の中心的な役割をしているのが大脳辺縁系に位置する海馬です。アルツハイマー病では、この海馬が委縮して記憶の指令が取れなくなってしまいます。

この海馬の神経細胞は、学習や心地よい生活環境などプラスの因子によって、神経細胞が新生する割合が増えることが分かっていました。そこで口腔環境の変化では、どのように影響するのかと研究がスタートしたんです。

歯の教科書 編集部
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どのような実験が行われたのですか?

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木本克彦教授

咀嚼の不全処置を実験的に行います。硬いものを食べたときと軟らかいものを食べたときではどうなるのかや、歯があるのとないのとではどう変わってくるのかなどですね。

すると、しっかりと噛めなくなったラットは、そのままのラットより、神経細胞の新生率が低下しているということが分かったんです。

歯の教科書 編集部
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うまく噛めないことで、記憶力にどのくらいの差が出てくるのでしょうか?

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木本克彦教授

次のステップとして噛めないことでマウスの記憶力がどのように低下するのかを、行動実験しました。実験はモリス水迷路という空間認知機能を調べる実験で、そのままのマウスと、歯を削ったマウスで行われました。

水を入れたプールには、避難用プラットホームが用意されています。マウスにはあらかじめプラットホームの場所を記憶させておきます。

実験の際には、水面をビーズで覆ってマウスにはプラットホームの位置が見えないようにするんですね。ここで、普通のマウスですとまっすぐプラットホームの位置までたどり着けるのですが、歯を削ったマウスだと位置が分からなくて“ぐるぐる”と遠回りしてしまうんです。プラットホームの位置を発見するまでに、そのままのマウスと比べて2倍以上の時間がかかってしまいました。

歯の教科書 編集部
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まだ人では、歯と記憶力の関係は分かっていないのでしょうか?

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木本克彦教授

九州大学が行っている実験で「久山町研究」というものがあります。久山町というのは、人口の推移や年齢平均、男女比などが全国平均とほぼ同じ分布になっており、日本の縮図のような場所です。

この久山町で、住民の健康を30年間記録しつづけたのが久山町研究で、血圧や脳卒中など、さまざまな研究データが出されました。

その中で、認知症に関するデータも出てきており、歯の喪失がリスクと相関しているということが分かってきています。

また、大阪大学が行っている実験でも「歯で噛む力がなくなることと認知症は、直接関係しているのでは」ということが分かってきました。

認知症を予防!年代別で分かれるリスク因子

歯の教科書 編集部
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認知症は予防することはできるのでしょうか?

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木本克彦教授

認知症の特効薬の製造にはまだまだ時間がかかると思いますので、治療より日常生活における予防が重要です。

では何に気をつけたらいいのかということになるのですが、世界の研究者が認知症のリスク因子を調査した結果が出ています。

若齢期、中年期、晩年期の3段階に分けて、気をつけなければいけないリスクを出しているのですが、これらの危険をなくすことで、認知症を3分の1は予防できるのではないかといわれています。

例えば若齢期に、中等教育をしっかりと終了することで、認知症の発症リスクを8%抑えることができます。 中年期ですと肥満や高血圧、難聴がリスク因子になってきます。耳からの情報が減ることで刺激が減少し、認知症リスクを高めてしまうとされています。それから喫煙や運動不足、うつなども入っています。

ここで私が非常に重要だと思っているのは社会的な孤立ですね。社会とのつながりがなくなるということも認知症のリスクになっているんです。

ただし、この報告には咀嚼に関しては入っていないんです。我々としては、しっかりと噛めることが認知症リスクを下げると入ってほしいですね。

噛むことは重要であるという認識はあるので、もう少しエビデンスが出てくれば入る可能性はあるでしょう。そうすると、口腔環境に関する国民の意識も変わってくると思いますね。

噛むことで脳を活性化!

歯の教科書 編集部
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噛むことの脳への影響は、どのくらい分かってきているのか教えてください。

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木本克彦教授

ガムを噛む実験でも、咀嚼することによって脳の特定の部位が活性化することが分かっています。特に、学習・記憶と関係している前頭前野が活性化しているんですね。ほかにも、海馬の部分も活性化するという報告も出てきています。

また、ものを触ったときの感触など、感触情報を最初に受ける感覚野、自分の意思によって運動の指令を出す運動野も活性化していることが分かりました。

歯の教科書 編集部
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噛むことが脳に影響を与えていることがよく分かりました。入れ歯で噛むことでも脳を活性化させることはできるのですか?

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木本克彦教授

入れ歯をしている人は、ほとんど歯がない人より認知症の割合が低くなっているという研究結果があります。

自身の歯が20本以上ある人のほうが、認知症になりづらいということもデータから分かりますが、入れ歯の人もほぼ同等の曲線になっています。

歯の教科書 編集部
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噛むことが、脳と大きく関係している理由を教えてください。

木本克彦教授
木本克彦教授

口腔顔面感覚である三叉神経は、脳につながっている神経の中で1番太いんです。顔面神経なんかも太いので、口腔内の刺激というのは情報がたくさん脳に伝わる経路があるんですね。ですから髪の毛1本が口の中に入っても違和感を覚えるということです。

歯の教科書 編集部
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認知症の治療や薬の研究などは進んでいるのでしょうか?

木本克彦教授
木本克彦教授

日本でも高齢者の4人に1人は認知症になるといわれています。

薬に関しては、さまざまな研究が行われていますが、まだまだ時間はかかると思いますね。認知症というのは、さまざまな因子からなるものなので、原因の特定が難しいからです。

ですから、予防が重要ということになります。リスク因子になっていることを避ける。そして、口腔ケアをしっかりと行い、しっかりと噛める口内環境を長く維持できるようにしてください。

歯の教科書 編集部まとめ

咀嚼と脳の関係

●噛むことができないと、脳機能が衰えることが動物実験では分かっています。

●人でも、噛む力が衰えることが認知症リスクになるというデータが出てきています。

認知症のリスク因子

●若齢期では、中等教育が未終了だと認知症リスクが上がってしまいます。

●中年期では、肥満や高血圧、難聴がリスク因子になっています。

●晩年期では、喫煙や運動不足、うつ、社会的孤立、2型糖尿病がリスク因子になってきます。

噛むことで脳が活性化

●ガムを噛む研究で、咀嚼は前頭前野、感覚野、運動野などを活性化させていることが分かりました。

認知症には予防が重要

●入れ歯を入れている場合も、噛むことで脳に刺激が伝わります。そのため、歯がほとんどなく入れ歯を使用していない人より、認知症になる割合が低いです。

●しっかりと噛める口内環境を維持するため、口腔ケアを意識しましょう。

神奈川歯科大学 大学院 歯学研究科
口腔統合医療学講座(補綴・インプラント学)
木本克彦教授監修
経歴・プロフィール

1988年 :神奈川歯科大学歯学部卒業
2000年:米国カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)歯学部 客員研究員(〜2002年)
2007年:神奈川歯科大学 顎口腔機能修復科学講座 クラウン・ブリッジ補綴学分野 教授
2014年:大学院歯学研究科 副研究科長(〜2019年)
2015年~:神奈川歯科大学附属病院 副病院長
2017年~:神奈川歯科大学大学院歯学研究科 口腔統合医療学講座
補綴・インプラント学 教授(講座再編のため)
現在に至る。

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執筆者:歯の教科書 編集部

執筆者:歯の教科書 編集部

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