マスク生活や慣れないテレワークなど、コロナ禍において新しい生活様式への転換が求められる中で、ストレスを抱える方も多いのではないでしょうか。
外出を自粛しおうち時間が増えたことで、ブラキシスム(無意識の歯ぎしり、食いしばり)の症状が起こる頻度にも影響があるようです。
この記事では、昭和大学 歯学部 教授の馬場一美先生に、ブラキシズム(無意識の歯ぎしり、食いしばり)の原因や、睡眠時ブラキシズムの対処法について詳しく伺います。
※前回の記事はこちら
【教授に聞く】口を閉じるときに歯まで閉じるのは間違い!歯ぎしりや食いしばりは顎関節症の原因になることも
寝ている間の歯ぎしりや食いしばり|原因は「遺伝」と「睡眠の質」
※編集部注:ブラキシスムとは無意識のうちに行う歯ぎしりや食いしばり、歯を接触させる癖のことをいいます
例えば不眠症やレストレスレッグシンドロームといって、寝るときに足がむずむずする病気、睡眠時の逆流性食道炎、睡眠時無呼吸症候群などの病気・症状とブラキシズムが一緒に起こることがあります。
二つ目は、特定の薬剤の服用がブラキシズムを起こすということもわかっています。抗うつ剤のSSRIと睡眠時ブラキシズムが関連しているという報告はいくつもあります。
この二つは「二次性あるいは医原性の睡眠時ブラキシズム」といって、歯ぎしりや食いしばりの症状がある人全体で見ると割合としては少ないですが、そういった要因のもあるということは頭に入れておいた方がいいでしょう。
子どものころからずっと歯ぎしりや食いしばりをしていて、お父さんやお母さん、兄弟もするということはないでしょうか。実際に私たちの研究でも、特定の遺伝子多型(遺伝子の個人差)とブラキシズムの関係を発見して、科学論文にも発表しています。
これ以外にも例えばお酒、カフェイン、睡眠習慣とも関係があります。
睡眠時ブラキシズムの8割以上は、睡眠が浅くなるときに起こります。
皆さんが睡眠しているときの睡眠の深さ、状態は常に安定しているわけではなくて揺らいでいます。睡眠がだんだん深くなっていって浅くなるという大きな揺らぎの中で、さらに細かく睡眠は揺らいでいて、時々目が覚める方向に向かいます。
睡眠中には心拍数も呼吸もゆっくりになっていますが、睡眠の揺らぎの中で短期的に抑制が取れて、心拍数が早くなったり脳波的な覚醒が起こったりします。この「微小覚醒」といって覚醒しきらない程度に睡眠が浅くなるときに、歯ぎしりや食いしばりが起きやすいということがわかっています。深く眠っているときには、歯ぎしりや食いしばりはまず起こらないと思ってよいでしょう。
コーヒーにしてもアルコールにしても睡眠障害にしても、いずれも睡眠の質の低下に関係しています。またストレスも、昔からよくいわれているブラキシズムの原因です。
ストレスが起こると、コルチゾールというホルモンが分泌されます。コルチゾールというのは、朝目が覚めるころに出てくるホルモンです。これが寝始めから分泌されると眠れなくなったり睡眠が浅くなったりしてブラキシズムが起こりやすくなります。
寝ている間の歯ぎしりや食いしばりを抑えるための対処方法
昭和大学 歯科病院の外来では、睡眠時に歯ぎしりや食いしばりの症状がある患者さんが来られたときには、睡眠にかかわる病気がないか、投薬で問題があるものはないかなど二次性、医原性の要因の可能性を探ります。もちろんこれらの要因があれば、同じ大学病院内の医科にお願いをします。
そういった医原性の要因がなければ、次に患者さんの睡眠習慣をチェックします。寝る前にコーヒーを飲んでいないか、ストレスがないか、お酒の飲みすぎがないかなど。
ちなみにお酒は、入眠はしやすくなりますが睡眠の質は下がってしまいます。二日酔いのときはほとんどの人が眠いですよね。
また昼寝のしすぎも夜眠れない要因の一つです。30分を超える長時間の昼寝はやめた方がよいでしょう。最近はコロナ禍で巣ごもりが多く日中の活動が減った分、寝ている間の歯ぎしりや食いしばりをしている人は増えているのではないかと思います。
部屋の明るさや気温など、環境も眠りの質に影響があるため、昭和大学の外来では睡眠環境を整えるところまで指導しています。
睡眠の質を改善するために手は尽くしますが、それでもやはり睡眠時の歯ぎしりや食いしばりは残ることの方が多いので、次に「スプリント療法」というマウスピースを使った治療法を用います。このスプリント療法というのは保険が適用されます。
人にもよりますが、患者さんのだいたい8割以上は、このスプリントを入れることでブラキシズムは減ります。ただし、この影響が持続するのは、ほとんどの場合2~3週間程度です。それ以上使用してマウスピースに慣れてくると、またそのマウスピースの上でブラキシズムが始まってしまうのです。
だったら意味がないということではなく、こうした慢性のブラキシズムの人にもマウスピースは有用です。それはなぜかというと、マウスピースの主な材料は樹脂で、歯やつめ物の素材より柔らかくなっています。そのため、ブラキシズムによって歯が削られる代わりにマウスピースが削れてくれることで、歯は守られるのです。
またマウスピースを口の中に入れると、「スプリンティング」といって歯全体が固定されます。これがスプリント療法と呼ばれる所以でもあります。歯全体が固定されることで、歯ぎしりや食いしばりの力が分散され、一本の歯だけに力が集中するということがなくなるのです。
マウスピースの上でブラキシズムが行われたとしても、それはそれで治療器具としての役割を担っているといえるでしょう。
歯の教科書 編集部まとめ
この記事では昭和大学 馬場一美教授にブラキシズム(無意識の歯ぎしり、食いしばり)の原因と、寝ている間の歯ぎしりや食いしばりの対処法について詳しくお伺いしました。
馬場先生には、日中の食いしばりの原因や対処法、日ごろから気をつけるべきことなどについてもお伺いします。
1986年:東京医科歯科大学歯学部 卒業
1991年:東京医科歯科大学大学院 修了(歯学博士)
1991年:東京医科歯科大学歯学部附属病院 医員
1994年:東京医科歯科大学歯学部 助手(歯科補綴学第一講座)
1996-1997年:文部省在外研究員米国UCLA
2001年:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 助手
2002年:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 講師
2007年:昭和大学歯学部歯科補綴学講座 教授 (現職)
2013年:昭和大学歯科病院副院長
2019年: 同 病院長・昭和大学執行役員
日本補綴歯科学会 常任理事(副理事長)
日本歯学系学会協議会 常任理事
日本デジタル歯科学会・日本顎口腔機能学会・日本顎関節学会・国際補綴学会(ICP):理事
執筆者:
歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。