顎関節症は、2人に1人が経験する病気です。ほとんどが一時的なもので時間の経過とともに症状はやわらいでいきます。しかし、その一方で症状が改善せず、病院を転々としたり、何年にもわたって症状に苦しんだり、深刻になることもあります。
顎関節症の治療は、基本的に手術をしないものですが、さまざまな治療をしても症状が改善しない場合は、最終手段として手術を検討することになります。ここでは、なぜ顎関節症で手術が必要となるのかを詳しくご紹介し、診察から治療までを徹底分析します。
この記事の目次
1.顎関節症の手術とは
1-1 顎関節症で手術になるケース
顎関節症のほとんどは、手術を必要としない保存療法が中心です。しかし、保存療法を続けても治らず、関節内に癒着が生じたり、関節円板(下顎と上顎の間にあるクッションのような組織)が変形したりして痛みをコントロールできない場合は、手術を検討することになります。顎関節症で手術を必要とするケースは、ごくまれで全体の1%以下です。
1-2 顎関節症の手術は、大きく分けて2つ
顎関節症の手術は、癒着を剥がしたり、関節円板自体を切除したりするために行います。手術方法は、主に2つあります。1つは、皮膚の切開を伴う「関節開放手術」と、もう1つは内視鏡の一種の関節鏡を使う「関節視下手術」です。どちらも、全身麻酔が必要となります。この他にも、いくつか手術方法があります。
1-3 顎関節症の手術後からリハビリまで
手術後は、1週間程度、炎症を抑えるために薬を内服する場合もあります。また、顎を動かさない状態でいると、新たな癒着がはじまる可能性もあり、早い時期からのリハビリが重要です。元に戻るまでに、半年くらいかかることもあります。
2.顎関節症の手術の種類と費用
2-1 関節腔洗浄方法
対象
保存療法では効果がなく、慢性的な痛みが続くときや関節内に頑固な炎症があるとき。
目的
関節内に溜まった痛みを起こす物質を洗い流すために行う。
処置方法
ベッドにあおむけの状態で、関節部の皮膚に局所麻酔します。次に、関節内部にある関節腔に直接麻酔を注射します。さらに、もう1本の針を刺し、排出用のチューブを接続します。
麻酔をした針から液体を流し込み、痛みを起こす物質を洗い流し、もう一方の排出用のチューブからその液が流れます。最後に、ステロイド薬などを注入し、炎症を抑えます。処置時間は約1時間で、入院の必要はありません。
2-2 パンピング・マニビュレーション
対象
口が開かないとき。
目的
関節円板を正しい位置に戻すために行う。
処置方法
わかりやすくいうと顎の整体です。医師が下顎頭を下方に引き、次に前方に引っ張ります。施術の際に、強い痛みを伴うため、局所麻酔します。
2-3 関節鏡視下手術
対象
画像検査によって、癒着がわかったとき。
目的
癒着部分を切り離し、顎関節を動きやすくするために行う。
処置方法
関節鏡という一種の内視鏡を使用した手術です。耳の穴の前方に小さな穴を2つあけ、そこから関節鏡を挿入して、関節内をモニター画面で観察しながら、もう1つの穴から挿入した小さな器具を使って、癒着した部分を剥がします。基本には、全身麻酔で行います。手術時間は1~2時間で、入院期間は、1週間程度です。手術の傷あとは、ほとんど残りません。
2-4 関節開放手術
対象
関節鏡視下手術でも痛みが改善しないとき。
目的
変性した関節円板を切除するために行う。
処置方法
耳の穴の前方皮膚を6㎝ほど切開し、肉眼で観察しながら手術します。変性した関節円板を切除します。全身麻酔を必要とし、手術時間は、2~4時間程度かかります。最近ではこの手術も関節鏡視下手術で行えるようになっています。
2-5 手術の費用
この章では、顎関節症の手術費用についてお伝えしていきます。下記の表は、保険適用で3割負担の場合の手術費用になります。
手術の種類 | おおよその費用 |
---|---|
関節腔洗浄方法 | 3,000円 |
パンピング・マニビュレーション | 30,00円~5,000円 |
関節鏡下手術 | 20,000円~80,000円 |
関節開放手術 | 70,000~150,000円 |
手術費用は、手術の内容や病院により異なり、他にも入院費などがかかります。
3.顎関節症の手術に至るまでの診察
では、「顎関節症かな?」と感じたときは、どんな病院へ行けば良いのでしょうか。ここでは、診療する科やそこで受ける診察についてご説明します。
3-1 顎関節症はどこで診てもらえば良いのか
顎関節症は、近くの歯科や歯科口腔外科へ相談するのがベストです。その理由は、顎関節症の研究を最も盛んに行っているのが歯科と歯科口腔外科だからです。
最近では、顎関節症の治療を専門とする大学病院や歯科医院もあります。顎関節症かなと思ったら、まずはかかりつけの歯科医師に相談し、その後、専門的に治療している歯科医師を紹介してもらいましょう。
3-2 歯科での診察シミュレーション
診察は、問診、視診、触診の流れで行い、必要がある場合はいろいろな検査を行います。ここでは、診察をシミレーションしてみます。
問診
顎関節症の診察では問診によって診断が出ることもあり、非常に重要です。受診前に、下記の内容をまとめておきましょう。
①健康状態(現在の健康状態、病歴、常用している薬)
②気になる症状(どんな症状がいつから始まったのか、どこが痛いか)
③症状の変化(どんなときに症状が起こるか、痛みが強くなるきっかけは何か)
④生活習慣(学校、仕事、自宅などの生活の様子、睡眠、ストレス)
⑤就寝時の様子(歯ぎしりやくいしばりがあるか)
視診
腫れ、顔の歪みがないか確認します。
触診
押して痛みがあるか、関節雑音を指で感じるかどうか、病気の部位を調べます。
口の中の確認
炎症がないか、舌や頬の粘膜の様子、噛み合わせを確認します。
顎の動きの確認
口を開くときの顎関節の動き、どのくらい口が開くのかを確かめます。
画像検査
レントゲンで撮影し、顎関節の骨に異常があるかどうか調べます。
3-3 顎関節症の診断
「顎が痛い」、「開かない」という症状でも、必ずしも顎関節症とはかぎりません。検査によって顎関節症と似た病気ではないかを確認します。そして、他の病気を除外した結果、消去法で「顎関節症」と診断します。
4.手術以外の治療と顎関節症の保存療法
4-1 薬物療法
顎関節症はいくつかの薬を併用して治療します。症状を見ながら、数週間から数カ月程度服用し、症状が軽くなれば薬の服用を減らします。
鎮痛剤
痛みが強いときに処方され、痛みをやわらげるために使用します。
筋弛緩薬剤
痛みによって顎の筋肉が固くなったときに処方され、筋肉をやわらげるために使用します。
精神安定剤
痛みによって不安を感じるなど、精神的な要因によって実際より強い痛みを感じたときに処方され、不安をやわらげるために使用します。
4-2 理学療法
電気や超音波療法、マッサージなどを行い、顎関節や筋肉の痛みをやわらげて、運動機能を取り戻す治療法です。
4-3 認知行動療法
歯ぎしり、食いしばり、頬杖などの顎関節症の原因となる悪い癖を取り除く治療法です。顎関節症である本人自身が、顎の構造、顎関節症の原因などを正しく理解し、無意識で行っている悪い癖を自覚することが大切な治療です。
4-4 噛み合わせ調整や歯科矯正
歯並びや噛み合わせの問題は、顎関節に大きな負担がかかります。顎関節症の症状が落ち着いたら、噛み合わせ調整や歯科矯正を検討しましょう。
5.まとめ
顎関節症で手術が必要となるのは、ごくまれで、癒着などで症状が悪化したときだけです。ほとんどの顎関節症は、保存療法で対応できます。大切なことは、手術をするほど悪化させないことです。顎関節症かなと思ったら、歯科医医に相談し、症状をコントロールしていきましょう。
1968年 東京歯科大学 卒業
1968年 飯田歯科医院 開院
1971年 University of Southern California School of Dentistry(歯内療法学) 留学
1973年 University of Southern California School of Dentistry(補綴学・歯周病学) 留学
1983年~2009年 東京歯科大学 講師
現在に至る
執筆者:
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