歯槽膿漏と聞くと「口臭がきつくなる」「歯茎から血が出る」などの症状はイメージできても、歯周病と何が違うのかよく分からないという人も多いのではないでしょうか?
この記事では、歯槽膿漏がどんな病気か、口内では何が起こっているのか、治療法や再発防止法は何かなど、幅広く紹介しています。自分が歯槽膿漏かどうか確かめたい人や、歯医者さんを受診した方が良いか迷っているという人も、ぜひ参考にしてください。
この記事の目次
1.歯槽膿漏とは?
1-1 歯槽膿漏と歯周病
「歯槽膿漏」は、現在で言うところの「重度の歯周病」を指しています(※)。以前は、歯周病のことを歯槽膿漏と呼んでいたことがありました。
歯茎や歯槽骨(歯を支えている骨)など“歯周組織”に起こる病気の総称を歯周病と言います。
歯周病は、歯茎が炎症を起こした状態の「歯肉炎」と、歯槽骨が溶かされ歯がグラグラするといった状態まで進行した「歯周炎」に分けられています。
そのため、重度の歯周病を指す歯槽膿漏は「歯周炎」に近い状態であると考えて良いでしょう。
※現在でも、歯周病自体を歯槽膿漏と言うこともあるなど「どこまでが歯肉炎や歯周炎で、どこからが歯槽膿漏である」といった明確な基準はないようです。
1-2 歯槽膿漏が疑われる症状は?
歯槽膿漏では、歯茎の腫れや出血のほか、次のような症状が見られます。
- 歯槽膿漏が疑われる症状
・歯茎から膿が出る
・口臭がより強くなる
・食べ物を噛んだときに痛む
・歯茎が痩せて下がり歯が長く見える
・歯茎が赤紫色または黒っぽくなる
・歯のすき間が広がり食べ物が詰まる
・歯と歯の間の歯茎が丸く腫れている
・歯がグラグラ揺れる
・歯が抜け落ちる など
歯周病は「サイレントディジーズ」「サイレントキラー」などと呼ばれているように、いつの間にか進行していく病気です。
虫歯のように痛みが出ることが少なく、気づかないうちに進行するため「自覚症状が出たときにはすでに歯槽膿漏の手前だった」という人も少なくありません。
次の章で詳細を紹介しますが、歯槽膿漏が原因で歯が抜けてしまうことがあります。虫歯が原因で歯が抜けるより、歯槽膿漏で抜けてしまう人の方が多いと言われています。
1-3 歯槽膿漏はうつるの?
歯周病は、歯周病菌による感染症です。歯槽膿漏は歯周病が進行したものなので、同じ感染症です。そのため、キスや食器の共用、食べ物の口移しといったことで、歯周病菌がうつることがあります。
しかし、歯周病菌がうつったからといって直ちに、または必ずしも歯周病を発症する訳ではありません。
歯周病を発症するのは、病気などで免疫力が落ちて歯周病菌の活動が活発になったとき、歯磨きなどのケアが不十分で歯周病菌が増殖したときなどです。
歯周病菌にはいくつもの種類があることが分かっており、さらに、その歯周病菌と一緒になって症状を悪化させる菌も数多くいると考えられています。
ところが、そうした菌のほとんどは特別な菌ではなく、健康な人の口の中にも存在する常在菌です。つまり、すでに多くの人が歯周病菌を持っていると言えます。
1-4 歯周病菌ってどんな菌なの?
■ポルフィロモナス・ジンジバリス菌
代表的な歯周病菌です。付着力が強く、毒素を出して歯周組織を破壊したり、免疫反応を撹乱させたりすると言われています。
また、ジンジバリス菌が持つ「ジンジパイン」と呼ばれる酵素には、歯槽骨吸収を促進する働きがあるとも言われています。
■トレポネーマ・デンティコラ菌
歯周組織の中はもちろん、血管の内部にまで侵入する歯周病菌です。多くの歯周病患者から見つかる菌と言われています。
■プレボテラ・インターメディア菌
妊娠性歯周炎の原因になっていたり、早産・低出生体重児出産の一因になっていたりすると考えられています。
■アグリゲイティバクター・アクチノミセテムコミタンス菌
歯周組織にダメージを与え、歯茎の内部にまで入り込みます。
10~30代の若いうちから進行し、急速に歯周組織の破壊が進む「侵襲性(しんしゅうせい)歯周炎」と関連があると言われています。
2.歯槽膿漏の人の体内で起こっていること
2-1 歯槽膿漏の人は口臭がきつくなる
口臭の主な原因とされているのは、硫化水素やメチルメルカプタンといった「VSC(揮発性硫黄化合物)」です。歯周病菌は、その中でも特に「生ゴミの腐ったような臭い」などと例えられるほど強い悪臭がする、メチルメルカプタンを大量に作り出すと言われています。
さらに症状が進行した歯槽膿漏では、患部に膿が溜まることでジメチルスルフィドというVSCも発生します。複数のVSCが混じり合うことで「排泄物やドブのような」と例えられることがある、強烈な口臭となります。
歯槽膿漏の人の口臭がきついのは、このためです。
2-2 歯槽膿漏で歯が失われるメカニズム
歯槽膿漏では、歯を支えている歯槽骨が溶けていき、支えを失った歯がグラグラしたり抜け落ちてしまったりします。歯槽骨が溶けるのは、骨の新陳代謝のバランスが歯周病菌によって狂わされてしまうためと考えられています。
骨は、皮膚などと同じように毎日、新陳代謝をしています。
私たちの体には、骨を作る「骨芽細胞」と、骨を吸収する「破骨細胞」がいて、破骨細胞が“古い骨を吸収”し、骨芽細胞が“新しい骨を形成”するというサイクルがあります。
破骨細胞と骨芽細胞の相互作用により、骨の新陳代謝がおこなわれていると考えると分かりやすいです。
健康な人であれば、作られる骨量と、吸収される骨量のバランスが取れています。
歯周病になると、歯周病菌の影響で破骨細胞が増えすぎてしまいます。
歯槽膿漏に進展する頃には歯槽骨が必要以上に吸収され、その結果、歯槽骨が減って歯を支えられなくなってしまいます。
2-3 歯周病・歯槽膿漏になると破骨細胞が増えるのはなぜ?
歯周病菌が破骨細胞を増やすのは、3つの理由があると考えられています。
破骨細胞に変化していく前段階の細胞(破骨細胞前駆細胞)は、破骨細胞に存在している細胞間の情報伝達をする物質「RANKL」の刺激を受け、破骨細胞へと変化します。
「RANKL」は、次のようなケースで増えすぎてしまうと考えられています。
■歯周病菌の毒素によるRANKL・破骨細胞の活発化
歯周病菌の毒素には、骨芽細胞に働きかけて「RANKL」産生を促し、破骨細胞へと変化するのを促す性質があります。さらに、破骨細胞の寿命を延ばす働きもします。
■免疫システムによるRANKL産生
歯茎が歯周病菌に感染すると、体の免疫機能によって免疫細胞(Th1細胞)が集まり、感染した部分に炎症を起こします。
炎症部分には「病原体を食べる細胞(マクロファージ)」「病原体を攻撃する細胞(細胞傷害性T細胞)」などが集まり、歯周病菌と戦い始めます。
ところが、歯周病菌はインフルエンザ菌など外から侵入してきた菌と違い、健康な人の口の中にも存在する常在菌で、かつ歯石に棲みついて増殖し続けている菌です。
「一度やっつけて終わり」というものではないため、戦いの終わりがなかなか見えてきません。
戦いを続けているうち、炎症によって活性化した「免疫細胞」や「病原体を食べる細胞」などが「RANKL」の産生を促す物質を作り出すようになります。
その結果、破骨細胞が増加して歯槽骨の吸収が進んでしまうと考えられています。
■物理的ストレスによるRANKL産生
骨の細胞には、物理的ストレスがかかると「RANKL」を産生するという性質があります。
物理的ストレスがかかっている部分の骨は破骨細胞に吸収され、ストレスのかからない形状(そのときの状況に適した形状)に変化しようとします。
特に、炎症部位に物理的ストレスが加わると「RANKL」の量が増加すると言われています。
そのため、歯周病の炎症部位に「咬む」「歯ぎしり・食いしばり」といった物理的ストレスが加わると「RANKL」の産生が促され、歯槽骨の吸収が進むと言われています。
2-4 歯医者さんを受診する目安と歯槽膿漏・歯周病になりやすい人の特徴
「歯槽膿漏かもしれない」と思ったとき、または「歯周病の疑いがある」と感じたときは、できるだけ早い段階で歯医者さんを受診しましょう。
併せて、歯槽膿漏になりやすい人や、歯周病が進行しやすい人の特徴を知っておくことも大切です。
歯槽膿漏になりやすい人は、歯周病になりやすい人で、かつ進行しやすい人です。厚生労働省も歯周病を生活習慣病と位置づけているように、歯周病には生活習慣が大きく関わってきます。
生活習慣以外の要因も併せて紹介します。
■喫煙
タバコの有害物質が歯に付着すると、歯垢が付きやすくなると言われています。歯垢が増えれば、歯周病菌も多くなります。
また、ニコチンの作用で血流が悪化すると、免疫反応が抑制されることがあります。
喫煙は、歯周病の発症リスクを上昇させるだけでなく、進行しやすく、かつ治りにくくさせると考えられています。
■口腔環境が不衛生
歯磨きをあまりしない人、丁寧に汚れを落とさない人は、口の中に歯垢が多く残っていると考えられます。
歯周病菌は歯垢をすみかとしていて、歯と歯茎の間の溝にたまって炎症を起こし、歯周ポケットと呼ばれる深い溝を形成していきます。
歯周ポケットには歯垢がたまりやすいため、歯周病の発症リスクが高まります。
すでに歯周病になっている人は、不衛生な口腔環境のもとで進行が早くなるため、歯槽膿漏に発展しやすいと言えます。
■女性
歯周病菌の中には、女性ホルモンを好む菌が存在します。女性ホルモンの分泌量が増えるタイミングでその菌も増殖するため、歯周病を誘発しやすいと言われています。
また、女性ホルモンは歯周組織の炎症を悪化させることもあるようです。「思春期」「妊娠・出産期」「更年期」「月経期」などは、女性ホルモンのバランスが大きく変化するため、より丁寧なケアが求められます。
■ストレスを抱えやすい
ストレスによって体の免疫力が低下すると、歯周病菌の活動が活発になることがあります。
ストレスによって唾液の分泌量が低下することもあります。乾燥した口の中は、菌が増殖しやすい環境のため、歯周病を発症したり進行を早めたりする恐れがあります。
■あまり歯医者さんに行かない
歯垢は、歯磨きだけですべて除去することは難しいと言われています。
そのため、虫歯や歯周病がなくても、定期的に歯医者さんを受診して歯垢や歯石を取ってもらうことが推奨されています。
“歯医者さんに行くのは歯が痛くなったときだけ”という人は、歯垢や歯石が残っていることが考えられるため、歯周病にかかりやすいと言えます。
■糖尿病
歯周病は、糖尿病の合併症のひとつに数えられています。高血糖の状態が続くことで体の免疫力が落ちると、歯周病菌が活発になり、歯周病を発症しやすくなるようです。
また、高血糖の状態が続くことで歯茎の血管がダメージを受けると、歯周病の進行が早まると言われています。
3.歯槽膿漏の治療法や治療後の再発予防
歯周病の原因は、歯石の中で増殖した歯周病菌です。自然治癒しないため、歯石や歯周病菌に感染している部分を除去して改善を目指します。
歯槽膿漏は歯周病が進行したものなので、やはり自然治癒は望めません。
また前述したように、歯槽膿漏になると「免疫機能の働き」や「歯周病菌の毒素」「自分自身の咬む力」などによって破骨細胞が次々に作られていきます。
原因となっている歯石や歯周病菌を減らさない限り、改善は難しいと言えます。
3-1 歯医者さんでの基本的な治療法
比較的早い段階で歯周病と分かれば「スケーリング」「ルートプレーニング」といった負担の少ない治療で改善できることがあります。
しかし、歯槽膿漏の段階では、すでにそうした治療で改善が見込めないケースがほとんどです。
歯槽膿漏の基本的な治療法として「歯肉剥離掻爬術(フラップ手術)」「歯周組織再生誘導法(GTR法)」などがあります。
■歯肉剥離掻爬術(フラップ手術)
歯根の方など、歯周ポケットの奥深くに歯石が付着している場合の治療法です。
歯茎を切開して歯根を露出させ、歯石や炎症を起こしている組織を取り除きます。患部をきれいに消毒してから、歯茎を元に戻して縫合します。
1週間~10日ほどで抜糸をして、1~数ヶ月かけて経過観察していきます。
歯肉剥離掻爬術の費用は、3割負担で2000円程度が目安になります(再診料や検査費用などは別途必要です)。
■歯周組織再生誘導法(GTR法)
歯槽骨の吸収が著しい場合は、歯周組織再生誘導法をおこなうこともあります。
歯肉剥離掻爬術で患部をきれいにしたら、人工膜を使って歯根と歯茎の間に空間を作り、骨や歯茎など歯周組織の再生を促す方法です。
歯肉剥離掻爬術のあとは歯茎が傷口を覆います。しかし、歯槽骨の吸収が著しい場合、歯茎に加えて歯槽骨の修復も重要になってきます。
ところが、歯槽骨が再生するスピードよりも歯茎の再生スピードの方が早いため、歯槽骨が十分に再生する前に歯茎が傷口をふさいでしまいます。
そのため、歯茎が傷口をふさがないように人工膜で仕切り、歯槽骨や歯根膜、セメント質といった組織が再生するのを待ちます。
再生するまでの期間には個人差がありますが、術後4~8週間程度が目安になるでしょう。
再生した組織は、時間をかけてゆっくりと成熟し、元の組織のように戻っていきます。
なお、人工膜を除去する処置が必要な場合、トータル2回の手術をおこなうことになります。
費用は、人工膜を挿入する1次手術が2500円程度、人工膜を除去する2次手術は1000円程度が目安となります(いずれも3割負担の場合です。再診料や検査費用などは含まれません)。
どちらの治療法も、処置中は麻酔が効いているため痛みを感じることはほとんどありませんが、麻酔が切れたときにうずいたり痛んだりすることがあります。
その場合は、歯医者さんで処方された痛み止めを飲むなどして軽減させましょう。歯医者さんで痛み止めを処方されなかったときは、市販の痛み止めを服用しましょう。
※市販薬を使用する際には薬剤師の指示に従い、用法用量を守って使用してください。
■歯を失ってしまった場合
歯槽膿漏を放置した結果、歯が抜け落ちてしまった場合、歯の機能を取り戻すには「入れ歯」「ブリッジ」「インプラント」などの人工歯があります。
入れ歯やブリッジは保険適用のものと、そうでないものがあります。
インプラントはごく限られた条件下で保険適用となりますが、歯槽膿漏が原因で歯が抜け落ちたケースは、原則として保険適用外になると考えておきましょう。
それぞれ、費用や見た目、機能性、手入れのしやすさ、日常生活で気をつけなければならないことなどに違いがあるため、先生とよく相談した上で、納得できる方法を選びましょう。
3-2 治療後も菌が活動しにくい状態を保つことが重要
歯周病や歯槽膿漏を治療して症状が改善されただけでは、再発するリスクをゼロにできません。
衛生的な口内環境を保つ、免疫力を落とさないよう規則正しい生活習慣を心がける、禁煙にチャレンジするなど、歯周病菌が活動しにくい状態を作り、継続することが大切です。
歯医者さんでは、自分の口に合ったブラッシング方法を指導してくれます。これを機会に正しい方法を身につけてみてはいかがでしょうか?
また、毎日丁寧に歯を磨いていても、歯石をすべて除去することは難しく、時間の経過とともに歯石が付着してしまう可能性があります。
セルフケアと併せて、歯医者さんの定期健診で歯石を除去してもらうことも検討しましょう。
4.まとめ
歯槽膿漏と全身疾患は深く関わっていると言われています。
歯槽膿漏を招く歯周病菌は、炎症部分の血管に侵入し、血液に乗って全身を流れていくことがあります。
その結果、血管内に沈着物ができるのを促進し、血栓ができて心筋梗塞や脳梗塞といった病気を招くこともあると言われています。
また、歯周病菌が持つ毒素は、血糖値を下げる働きがあるインスリンを抑制するとも言われています。血糖コントロールが正常におこなわれなくなると、糖尿病を発症するリスクが高まります。
歯槽膿漏は、歯を失うきっかけになってしまうだけでなく、全身疾患を招くリスクがある病気でもあります。
「歯茎から血が出る」「口臭がきつくなった」「歯茎が腫れている」「歯が長く見えるようになった」など、少しでも異変を感じたら、できるだけ早く歯医者さんを受診しましょう。
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