日頃、当たり前のように享受してきた日本の歯科保険制度ですが、アメリカをはじめとした先進諸国と比較すると、日本は一定水準の治療を少ない費用負担で受けられるという大きなメリットがあります。一方、より良い治療や素材を求めるには限界もあり、それなりのデメリットもあります。
まずは、日本の歯科保険制度の基本的なルールを知り、そのメリットやデメリットを把握した上で、どのような治療方針が、自分にとって合っているのか見極める術を身に付けましょう。
この記事の目次
1.保険診療の基本的なルールについて
歯医者さんの保険診療は、診療項目ごとに保険点数が定められており、それに従って明確に、治療費が算出されています。従って、歯科医師の腕前の差こそあれ、治療内容に関しては、全国一律で治療費は変わらないものとなっています。
治療費がどのように算出されるのか、保険適用となる治療はどのようなものなのか、その基本的なルールを把握しておきましょう。
1-1 保険点数は日本全国普遍的な数字
歯科治療では、各治療項目に対する保険点数が明確に定められています。その点数を10倍にした数字が、治療費となります。
例えば、奥歯の抜歯の保険点数は260点で、治療費はその10倍の2600円となります。
初診料、レントゲンなど、それぞれの項目に対する点数が決まっており、その点数総計の10倍が総費用となります。
1-2 保険加入者は3割負担が基本
各診療項目に従って、保険点数が定まり、治療費の総額が決まります。健康保険の加入者は、このうちの3割を負担する形になります。
先ほどの、奥歯の抜歯であれば治療費は2600円で、保険証なしなら全額自己負担で2600円。保険加入者は、その3割が自己負担なので、費用はわずか780円。残りは、国や市町村、会社といった、自分が加入している健康保険組合の負担となります。
また、高齢者の場合は、70歳から75歳未満の高齢者が2割負担、75歳以上の後期高齢者が1割と、さらに自己負担額が軽減されます。
1-3 世界的に見てどうなのか?
この3割負担が、安いのか高いのか。結論から言うとかなり安いと言えるでしょう。先進諸国の歯科治療費の高さを順に並べると、アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、スイス、ドイツ、そして日本となります。歯の根の根管治療で費用概算を比べると、アメリカでは約11万円に対して、日本はおよそ5800円。
米国では、健康保険と歯科保険は別で、米国の費用例は保険外での治療費ですが、それでも、いかに日本の歯科保険制度が安く、身近に歯科治療を受けられるものであるかが、分かるはずです。
1-4 保険診療と自由診療の混在は原則禁止
たとえば、虫歯を削る処置は安価な保険適用内で行い、詰め物は保険適用外の素材を使いたいと考える方もいるでしょう。しかし、一つの治療に対して、保険診療と自由診療が混在するのは、原則的に禁止されています。つまり、自由診療となる処置を行うのであれば、それに関わるすべての処置は保険の適用外となります。
1-5 予防や美容目的は保険の対象外
歯科の基本的な保険適用のルールとしては、予防や美容目的の治療に対しては、健康保険が適用されないことです。日常生活に支障をきたすような痛みなどがない治療となる、矯正やホワイトニング、歯周病の予防処置などは、基本的に保険ではカバーできません。
2.保険診療のメリットとデメリット
保険診療のメリットは、コストパフォーマンスの高い基本的な治療を、全国一律に受けることができるということです。デメリットは、その裏返しになると言えます。詳しくご説明していきましょう。
2-1 保険診療のメリット
費用の負担を抑えられる
前章でご説明した通り第一のメリットは、費用を抑えられることです。米国のように、別途、歯科保健に加入する必要もなく、一つの健康保険で、一定水準の治療を受けることができます。
基本的な歯科治療を幅広く網羅
予防や美容目的の治療は保険の対象外ですが、それでも、虫歯はもちろん、抜歯、ブリッジ、入れ歯、歯周病の治療といった、基本的な歯科治療を、日本の保険は実に幅広く網羅しているのです。
2-2 保険診療のデメリット
予防に目が向かないこと
仮に、虫歯や歯周病になって治療を受ける場合に、もし、とんでもなく費用がかかるような社会制度なら、考え方が変わってくるはずです。
つまり、日頃のセルフケアにもっともっと力を入れるでしょう。治療費が安いからこそ予防に目が向かず、耐えられない痛みにさいなまれるまで放置してしまう結果となりがちです。
時間をかけた丁寧な治療が困難
これは、歯医者さん側の大きなジレンマとなります。各治療項目に対して、保険点数が定まっているため、処置に時間をかけづらくなるのです。
手早く処置しても、丁寧に時間をかけても、点数が同じなら、効率よくこなす方を求めてしまいがちだからです。
効率よく綿密な治療ができれば、それに越したことはありませんが、一つの治療に時間をかけてしまうと、赤字にもなりかねません。
丁寧な治療を施すのが困難になってしまうので、とにかく効率が優先しがちです。だからこそ、良い歯医者さんを見極めることが大切なのです。
予防、美容、新たな素材などの治療は保険の対象外
世界的に見て日本は、基本的な歯科治療は保険がほとんどカバーしてくれる恵まれた環境なので、これは贅沢な話かもしれません。
しかし、保険適用内という大枠を取り払って考えると、予防や美容、各治療法や治療素材に至るまで、保険適用外の治療の方が、より優れたものであるケースも多いです。
3.各治療別の保険適用内治療と適用外治療について
3-1 虫歯の治療法や詰め物
保険が適用される虫歯治療
保険が適用される治療法では、虫歯の程度にもよりますが、歯を大きく削る必要が出てきます。悪い部分だけを削れば良いのではなく、虫歯の進行を防ぐために健全な部分もある程度削る必要があるからです。
また、詰め物に関しては、金銀パラジウム合金やコンポジットレジンが保険適用内となります。
削りを抑える歯科用う蝕除去液
薬で虫歯部分を溶かす歯科用う蝕除去液は、削る範囲を留めることができます。しかし保険の適用外となります。
また、保険外のインレーには、見た目がよく変色がないセラミックインレーや、レジンとセラミックを混ぜて柔らかくしたハイブリッドセラミックインレー、歯の固さに近く2次的虫歯になりにくいゴールドインレーがあります。
3-2 ブリッジによる治療
保険が適用されるブリッジ
連続した2本の欠損までは、保険の適用が可能です。前歯の1番、2番の欠損の場合には、連続して4本まで、保険が適用できます。
前歯(1番~3番)では、硬質レジン前装冠(金属の本体にプラスチックの被せ物を施したもの)、4番目以降の歯では、金銀パラジウム合金の被せ物になります。
保険が適用されないブリッジ
連続して3本以上欠損した場合は保険が適用されません。1、2番の欠損が含まれる場合や、連続して5本以上が欠損したケースでは、保険の適用外となります。
素材としては、オールセラミックス、ハイブリッドセラミックス、メタルボンドなどを使用する場合は、保険の適用外です。
3-3 入れ歯
保険が適用される入れ歯
総入れ歯の場合は、人口歯と顎の裏側に接する床部分がプラスチック(レジン)製となります。また、部分入れ歯では、既存の歯にかける留め具が金属製になります。
保険が適用できる入れ歯は、臭いや汚れを吸着しやすいといった問題点があります。
保険が適用されない入れ歯
顎の裏側に接する床を金属にすることで、薄くできるので、保険適用内の床の厚い入れ歯よりも、使い心地が良くなります。
部分入れ歯では、歯茎に馴染み留め具が目立たないような入れ歯もできます。また、臭いがつきにくい素材なども選ぶことが可能です。
3-4 歯並びの矯正
歯並びの矯正は、美容目的となるので、基本的には保険治療の対象外となります。ただし、顎変形症の場合、所定の医療機関で認定を受け、規定に従った治療を受ける形であれば、保険を適用することも可能となっています。
3-5 歯周病治療や歯石除去
歯周病治療には保険が適用可能です。歯石除去に関しては、歯周病が認められた場合に、その治療目的の一環として行うものであれば、保険が適用できます。
従って、保険で歯石除去を行う際には、虫歯や歯周病検査を同時に行うことが必要となります。
3-6 ホワイトニング
歯を漂白して白くするホワイトニングは、美容目的となるので、基本的に保険の適用外となります。一方、歯の表面の着色汚れ(ステイン)を除去し、漂白などを行わないティースクリーニングは、保険の範囲で行うことができます。
4.まとめ
保険適用外の治療では、よりこだわりの強い治療法がありますが、日本では世界の中でも安価に、しかも幅広い治療範囲をカバーする保険内治療が受けられることが分かったと思います。
それゆえに、痛みが出てから歯医者に行けばいいと、セルフケアが疎かになりがち。日本の治療環境を享受しながらも油断せず、日頃からセルフケアに努めることが、何より大切なのです。
1968年 東京歯科大学 卒業
1968年 飯田歯科医院 開院
1971年 University of Southern California School of Dentistry(歯内療法学) 留学
1973年 University of Southern California School of Dentistry(補綴学・歯周病学) 留学
1983年~2009年 東京歯科大学 講師
現在に至る
執筆者:
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