いまこそ!誤嚥性肺炎は「口腔ケア」で予防しよう

    この記事の目次

    「誤嚥性肺炎」について

    日本人の死因ランキング6位は誤嚥性肺炎

    厚生労働省の統計によると、誤嚥性肺炎は日本人の死因の第6位に位置しており、毎年多くの高齢者の命を奪っています。肺炎は5位ですが、6位の誤嚥性肺炎と合わせると4位にランクインします。また、3位の老衰の中にも、肺炎や誤嚥性肺炎を疑うケースが多く認められます。高齢化に伴い、誤嚥性肺炎の割合は年々増加傾向にあります。

    順位 死因 死亡数(人) 割合(%) 死亡率(人口10万対)
    1 悪性新生物(がん) 382,504 24.3 315.6
    2 心疾患(高血圧性を除く) 231,148 14.7 190.7
    3 老衰 190,870 12.1 157.4
    4 脳血管疾患 104,533 6.6 86.3
    5 肺炎 78,739 5.0 64.9
    6 誤嚥性肺炎 47,622 3.0 39.3
    7 不慮の事故 44,003 2.8 36.3
    8 新型コロナウイルス感染症 38,086 2.4 31.4
    9 自殺 21,881 1.4 18.1
    10 腎不全 19,542 1.2 16.1

    参照元:https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei23/dl/11_h7.pdf

    誤嚥性肺炎とは

    誤嚥性肺炎とは、食べ物や唾液などが誤って気管に入ってしまう「誤嚥」によって、肺の中に口腔の細菌が入り込み、炎症を引き起こす肺炎のことです。通常、食べ物は食道を通って胃に送られますが、誤嚥が起きると食べ物と共に唾液内の口腔細菌が気管支や肺に流れ込むため、誤嚥性肺炎の原因となります。健康な人でも時折、むせることや誤嚥することはありますが、免疫力や咳反射、嚥下反射(咳をしたり吐いたり飲み込んだりする力)がしっかり機能していれば問題ありません。

    しかし、これらの機能が低下している高齢者や病気療養中の人は、誤嚥を起こしやすいため、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。知らない間や寝ている間に誤嚥してしまっている「不顕性誤嚥」も誤嚥性肺炎の大きな原因です。

     

    【歯科医師に聞く】口腔ケアの重要性について

    横浜市青葉区で高齢者の口腔ケアに取り組む、ベルウェルネス歯科青葉台 院長の大屋学先生。誤嚥性肺炎の予防における口腔ケアの重要性や、ご家族ができるサポートについて教えていただきました。

    まずは知ること、気にかけること。~口腔環境と誤嚥性肺炎の関係~

    (大屋先生)誤嚥性肺炎は、口の中の細菌やウイルスが唾液と一緒に肺に入り、炎症を起こす病気です。お口が汚れているほど、そのリスクは高まります。だからこそ、まずは「自分の口は大丈夫?」と気にかけ、正しい知識を持つことが大切です。たとえば歯の汚れを放置すると、細菌が集まって「バイオフィルム」という膜になり、その上に唾液中のカルシウムが付着して歯石になります。こうなるともう歯ブラシでは落とせません。

    また、「プラーク(歯垢)には便と同じくらいの数の細菌がいる」とも言われています。これを知るだけで、歯みがきへの意識が変わる方も多いです。意外と忘れがちなのが舌のケアです。食べ物は舌に必ず触れるため、細菌が溜まりやすく舌の汚れも誤嚥性肺炎のリスクになります。歯だけでなく、舌まで含めたケアが必要です。このような仕組みを知っておくと、口腔ケアに対する意識も自然と変わってきます。

    最近は自宅で暮らす高齢者も増え、家族や周囲の声かけの重要性が高まっています。「口の中どう?」と気にかけてあげることが、誤嚥性肺炎予防の第一歩です。

    「知らないものは見えない」と、私の師である、咬み合わせの専門家で有名な中村健太郎先生の言葉なのですが、本当にその通り。私たち歯科医師の役割は、まず“お口の中の事をご本人、ご家族、介護に関わる方々に知らせること”だと思っています。

     

    お口の炎症は、体からのサインかも

    お口の中が汚れていると、口内炎ができやすかったり、入れ歯の方だと歯茎が赤く腫れたりします。歯周病も同じで、炎症があると歯茎がブヨブヨに腫れて、出血もしやすくなる。でも治療すれば「血が出なくなった」と実感される方も多いです。このように、肺に炎症が起きる前に、口の中で“サイン”が出ているのです。もし口腔内細菌などが誤って肺に入り、同じような“炎症”が肺で起きたらどうなるか。容易に想像がつくと思います。

    つまり、歯周病やお口の中の汚れ、不衛生な口腔環境は誤嚥性肺炎のリスクそのものなのです。

    ですので、私は「ペリオドンタルメディスン(歯周医学)」という、歯周病と全身の健康の関係について、高校生以上の患者さん全員にお話ししています。汚れた口の中、それによる炎症を放っておくと、全身にまで影響が及ぶ。そのことをしっかり伝えることが、歯科医師としての大事な役目だと思っています。

     

    口腔ケアは、家族みんなで取り組む

    訪問診療で関わった患者さん宅で、家族で支え合うことの大切さを改めて実感した出来事がありました。

    脳梗塞で寝たきりのご主人を介護する奥様に、口腔ケアの方法(ヘッドライトの活用など)を伝えたところ、すぐに実践され、丁寧なケアに努めてくださいました。その結果、抜歯が必要と思われた歯も炎症なく保たれ、口腔内は非常に良好な状態でした。全身状態が悪化することもありましたが、奥様と相談しながら対処し、2年間の訪問期間中、口腔ケア不足による肺炎などの問題は一度も起こりませんでした。

    口腔ケアは、家族みんなで意識して取り組むこと、「お口の中はどう?」とちょっとした声掛けからはじまり、「家族ができることを少しずつやる」という意識、それが患者さんの健康を守る力、健康寿命を延ばす力になると、私は強く感じています。

     

    理想と現実のあいだで見つける、ちょうど良いケア

    口腔ケアの頻度は、本当に難しい問題です。理想は、朝昼夜と寝る前の1日4回ケアするのがベストです。

    朝は寝ている間に増えた細菌が残っている状態、夜寝ている間は唾液が減って細菌が増えるタイミングです。また、眠っている間は気づかないうちに細菌を誤って飲み込む「不顕性誤嚥」も起こりやすく、肺へのリスクが高まるため、最低でも朝と寝る前の2回の口腔ケアはおこなっていただきたいです。

    私たちは、その人の口腔状態や生活環境、家族のサポート体制を考慮しながら、無理のない範囲でできるケアの頻度を一緒に考えることを心がけています。理想と現実の間で持続可能な「ちょうどいい口腔ケア」を見つけることが大切だと考えています。

     

    【最近の研究で明らかに】誤嚥性肺炎の原因

    これまで、誤嚥性肺炎は口腔内の細菌が唾液とともに肺に入り込むことで発症すると考えられていましたが、具体的な原因菌や発症のメカニズムはよくわかっていませんでした。

    最近の研究により、口腔内に常在する「口腔レンサ球菌」と、歯周病の原因となる「嫌気性菌」が、誤嚥性肺炎の主な原因菌である可能性が高いことがわかってきました。

    特に、歯周病が進行している場合や口腔内が不衛生な場合には、これらの菌が唾液とともに誤嚥され、肺で炎症を引き起こすと考えられています。

    また、口腔レンサ球菌と歯周病に関わる嫌気性菌(Prevotellaなど)の組み合わせによる混合感染が多く、市中肺炎(日常生活の中で感染する肺炎のこと)や誤嚥性肺炎の原因として重要な原因の一つとされています。

    口腔ケアの重要性は、日本呼吸器学会 「成人肺炎診療ガイドライン2024」 (作製委員会 委員長;長崎大学医学部呼吸器内科の迎寛教授)におけるメタ解析(複数の文献のデータを統合して解析する方法)においても、口腔ケアが肺炎の発症率のみならず死亡率も有意に抑制するエビデンスが示されています。

    参考文献1
    米山 武義,迎 寛,岩永 直樹,丸山 貴也,今井 健一:特別企画「成人肺炎診療ガイドライン2024」新時代の夜明け 誤嚥性肺炎予防に果たす歯科の役割 歯界展望 医歯薬出版 vol.145(4),737-748,2025.
    参考文献2
    迎 寛,舘田 一博,丸山 貴也,今井 健一,米山 武義:口腔健康管理の未来 次のステージ-「成人肺炎診療ガイドライン2024」から読み解く誤嚥性肺炎対策における口腔管理の意義と歯科医療のミッションー(前編).日本歯科医師会雑誌 77(4),4-17,2024.
    参考文献3
    迎 寛,舘田 一博,丸山 貴也,今井 健一,米山 武義:口腔健康管理の未来:次のステージ-「成人肺炎診療ガイドライン2024」から読み解く誤嚥性肺炎対策における口腔管理の意義と歯科医療のミッションー(後編).日本歯科医師会雑誌 77(5),4-19,2024.

     

    ドクタープロフィール

    ベルウェルネス歯科青葉台 大屋 学 歯科医師

    <経歴>
    ・2009年3月    日本大学歯学部歯学科 卒業
    ・2009年4月    日本大学歯学部附属歯科病院 臨床研修医として神奈川県内歯科医院で研修
    ・2010年4月    神奈川県内歯科医院 勤務
    ・2012年4月    日本大学 大学院歯学研究科専攻 博士課程(細菌学講座) 社会人大学院へ入学
    ・2015年1月   ICD制度協議会 インフェクションコントロールドクター取得(日本細菌学会推薦)
    ・2017年3月     日本大学 大学院歯学研究科専攻 博士課程(細菌学講座)
    ・2017年3月     社会人大学院を卒業し、博士(歯学)を取得
    ・2017年4月     神奈川県横浜市の荒井歯科医院に勤務
    ・2017年10月   日本大学歯学部歯周病学講座 聴講生となる
    ・2019年     歯周病専門の荒井歯科医院 副院長に就任(非常勤にて神奈川県内2歯科医院でも勤務)
    ・2020年11月   長津田おおや歯科を開院
    ・2021年     日本歯周病学会 認定医取得
    ・2024年7月    ベルウェルネス歯科青葉台として移転開院
    ・2025年4月    日本大学歯学部 非常勤講師

    <所属 資格>
    ・日本細菌学会 会員
    ・日本歯周病学会 認定医
    ・日本抗加齢医学会 会員
    ・日本口腔インプラント学会 会員
    ・日本補綴歯科学会 会員
    ・インフェクションコントロールドクター(ICD)
    ・神奈川県歯科医師会認定 小児歯科相談医
    ・日本歯科医師会 会員
    ・神奈川県歯科医師会 青年部 幹事/地域保健委員会 委員

    執筆者:歯の教科書 編集部

    歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。